2014/08/10

2014 08 駒返岩の磨崖仏

2014 08 海住山寺磨崖仏

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「
駒返岩の磨崖仏」に。
石仏を訪ねて七千里、たぶん。

7年前にT氏と共に取っつきまで来たんですけど。
T氏がありゃロープが無い!
そこの岩場で西向いてあるんやけどな~

時は流れ、頭は薄くなり、懐も寒くなってきた先日また訪れました。
今回は「反重力ベルト」を着用!
なんでもT氏が以前にTVショッピングで買い求めたそうです。
今なら1個お買いもとで、もれなく、もう1個が付いてくる!
だったそうです、なお送料は別料金だったそうです・・・

まあ、そんなわけでスーパージェッターも通販で買って使用してる。
反重力ベルトで阿弥陀様の前に無事降り立つことができました。

そんなT氏の腕は血だらけだ!
軍手貸しましょかと言ったけど。
軍手嫌いじゃ~長袖嫌いじゃ~なるへそ。

皆さんに忠告!
夏場はやめときなさい、
でも、今なら通路確保してあります・・・
正し反重力ベルト着用者だけ、たぶん。

2014 08 海住山寺磨崖仏

笠があったんでしょうね。

道路のスグ下にゴミが引っかかってました。
去年の大雨には、阿弥陀様もどっぷりっと「愛の水中花」
今度、夢子さんに唄ってもらおっと。

2014 08 海住山寺磨崖仏

けっこう昔から有名な磨崖仏だそうです。
やっぱし、T氏もここも20年ぶりかな~

2014 08 海住山寺磨崖仏

取っつき下ににあったボロボロハシゴは釣り人用だったんでしょうか?
今は下部がかろうじて残ってましたが。
この写真の手前辺りが釣りポイントだったのか。

昔は阿弥陀様に手を合わせて、大魚御願い申しあげます~
と祈ったんでしょうけど。

今では、見るからに貧乏そうな石オタだけ~

貧乏でワル~ござんした。



当尾・笠置・南山城 | Comments(6)
2014/08/06

2014 08 海住山寺の磨崖仏

2014 08 海住山寺磨崖仏

海住山寺から、鹿背山の奥が葛城・金剛が浮かんでます。
朝方来れば海住山寺が見れたカモですね。

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「海住山寺の磨崖仏 」に。

10年ぐらいのむかしに。
T氏から海住山寺の磨崖仏って知ってる?
えっ!海住山寺の磨崖仏って、そんなのあんの?
海住山寺の山の中にあんの・・・

そして、長い年月が過ぎ去って行き。
先日ようやく海住山寺の磨崖仏に逢ってきました。
T氏と私もT氏ですから、ダブルT氏で海住山寺の磨崖仏探索の旅に。

T氏に道憶えてますか?
ぜんぜん・・・
20年前頃に2回行ったそうな(ホントは計3回だったとか)
でも、心配はいりません。
山登りをしてるT氏は地図にしっかりと詳細に記録。
なおかつ重要ポイントだけ記憶バッチリです。

しかも、地図とコンパスで的確に現在位置を確認してく職人芸には脱帽。
ココ最近、GPS依存症になりつつあるT氏は反省猿ですね。

2014 08 海住山寺磨崖仏

今回は上から攻略す!
白く輝く磨崖仏の岩を発見したときはヤレヤレ。
なにしろ、こんな真夏に山登って、山中を彷徨っての磨崖仏探し。
ムシ暑い~暑い~暑い~
しかしながら、リクエストしたのは私。
大きな声では言えませんが、ホントにヤレヤレでした。

2014 08 海住山寺磨崖仏

磨崖仏のある岩岩岩を下に見てます。

2014 08 海住山寺磨崖仏 「線刻不動立像磨崖仏」    室町後期    像高70㎝
「良弁僧正爪かき不動」の伝承あるそうです。

では、御拝見~!
あれ、アレ、あれ、アレ。
あの~お不動さんはどこ、私はどこ。

T氏が指さす方向には・・・
岩が静かに突っ立ってますがな。

2014 08 海住山寺磨崖仏

内ノ倉不動明王磨崖仏 」状態と申しましょうか。
今の光線状態だと内ノ倉の方がまだ見えてると申しましょうか。

T氏によると、お天トさんが傾かないとダメみたいと。
最悪のタイミングだったようです。
真夏の正午の曇り空の下、南向きが大バットとなった様でございます。
申し遅れましたが、皆様もお気づきだと思いますが、線刻でございます。

T氏に資料の拓本コピーを見せてもらいましたが、
一瞬少年サンデーに載った、宇宙人のミイラのコピーかと思っちゃいました。
でも、じっと黙視してると不動があぶり出てくる寸法ですね。

2014 08 海住山寺磨崖仏

昭和28年の南山城大水害で大破した不動堂の瓦が、
磨崖仏の前に靜に横たわっていました。
私が生まれる前の瓦が足下に、雨風で綺麗になってる瓦の破片が。
明日の我が身を象徴してるのでございましょうか。

帰り道はこのまま下山、と言うより斜面を滑り下ったと言うべきですね。

像容がもう少し見えてれば、人気が出たのでしょうが。
場所と像容のダブル効果で忘れ去れた存在へと闇に葬られたのでございましょう。

三上山登って、ついでに磨崖仏見とくかと思えば楽しきかなかな、たぶん。
でも、夏場の夕方でないとお不動さん姿を現さないかもです。


当尾・笠置・南山城 | Comments(2)
2012/03/14

2012 03 SZ会 南山城 大河原から笠置へ

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「大河原」に。

ところで、みなさん、起立してますか、
ハイル・ビトラー、失礼、ハイル・大坂維紙の会!
入らないと給料50%off   歌わないと蚕、失礼、解雇!

そんな世相コンニャクのおり、SZ会としては苦節十年ぶりの「大河原」に。
予報では夕方からの雨がのっけから降り始めた
「大河原」に。

大河原から笠置、笠置から大河原、笠置から島ヶ原へと
けっこう歩いてますこのコース、これも御縁でしょうか。


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
京都府  相楽郡  南山城村  北大河原

阿弥陀六地蔵磨崖仏(かくれ六地蔵磨崖仏  )         天文14年(1545)

斜めに下向いてます~自然災害で流されて、自然災害でまた姿を現した!


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
京都府  相楽郡  南山城村  南大河原

十一面観音磨崖仏      天文14年(1545)


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ

ダルビッシュ似でんな、たぶん。


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
京都府 相楽郡 南山城村

地蔵     文亀二年(1502)

対岸を走る大和街道が生活道なら、こちらは巡礼の道なのでしょうか。


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ

潜没橋を渡って上有市訪問は降り続く雨でボツ。


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
京都府 相楽郡  笠置町 飛鳥路           天照御門神社

2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
京都府 相楽郡  笠置町 飛鳥路

自然石碑  十三仏碑か


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
京都府 相楽郡  笠置町 飛鳥路

磨崖碑  磨崖仏


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
布目川の甌穴群


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
木津川


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ

笠置名物の笠置観光ホテルとか、お泊まりヤス~自己責任で~


2012 0304 石巡 南山城 大河原から笠置へ
京都府 相楽郡  笠置町

この磨崖仏が見えると、歩きは終点笠置~笠置~笠置~駅の次は、加茂、加茂、加茂~


当尾・笠置・南山城 | Comments(4)
2010/06/21

旧道ながさか道から当尾へと その5


皆様方御元気だったでしょうか、
キッチリ、オランタに負けました。
日木代表監督の岡口です。

私の活躍を御覧になってくれたでしょうか!
まだデジタル・テレビで無いブラウン管向けの、
昭和の香りを匂わせてる、
ワタクシ日木代表監督の岡口の顔を!
たまにしか写らないのが、わびサビのジャパニーズ魂、たぶん。

さあ次は、泣いても、笑っても、負けても、最後のテンマーク戦です。

追伸、引き分けでも、勝っても、私の首繋がりますんで、
そこんとこ、ひとつ、よろしく、木田君!





旧道ながさか道から当尾へと  その5

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「旧道ながさか道から当尾へと」に。

「旧道ながさか道」この甘美なる言葉の響きに魅せられて、
どれくらいたったのでしょうか。

どれくらいも、これくらいも、本日知ったんですけどね、
JR加茂駅にある観光案内地図で、ほんま。


御無沙汰でした。
皆々様方、御元気だったでしょうか!

憶えてますでしょうか、「旧道ながさか道から当尾へと」 のストーリー、
まるで、ネバーエンディング ストーリーの様でございます・・・たぶん。


本日のコース
JR大和路線/・加茂駅ー草畑ー旧道ながさか道ー北下手ー森八幡宮ーずんど坊笠塔婆・鎌倉 後期
ー青地蔵・室町時代ー赤地蔵 永禄八年(1565)ー勝風墓地・迎え地蔵 元亀二年(1571)
ー大畑大福寺・地蔵石仏 室町中期 永享十三年(1441)ーバス停・大畑口ー岩船寺
ーわ らい仏・阿弥陀三尊磨崖仏・末行の銘ー藪の中三仏磨崖ー大門石仏(年齢不詳)
ー西小ー上梅谷ーバス停・青山住宅


前回は大蔵墓地で、すっかり、ゆっくりしてしまいましたので、
今回は、いや今回ものんびりと、石仏ハイキングそんな気分の区間をば。
 


旧道ながさか道から当尾へと  その5
加茂町 高去

本日コースのもっとも高い地点かと、けっこう起伏があって、
始めて来た時は以外や以外と。

クネクネ道が花を添えてます。

良く地図を見て歩きましょう。

なかなかのバラエティー豊かな歩きが楽しめます。



旧道ながさか道から当尾へと

加茂町 勝風                      青地蔵      

やがて、右手にちょっと奥に、さりげなく青地蔵。




旧道ながさか道から当尾へと  その5

加茂町 勝風   勝風墓地                赤地蔵 永禄八年(1565)         


勝風墓地の入り口に赤地蔵、




旧道ながさか道から当尾へと

加茂町 勝風    勝風墓地                               地蔵 元亀二年(1571)        


ずずずいと奥へと進めば、お迎え地蔵かと。

この間合いが、絶妙ですね・・・

旧道ながさか道から当尾へと


加茂町 勝風


茶畑を眺めながら、この辺りで昼食はいかがでしょうか。

アチコチそれなりの展望もあって、
当尾は東の方も良いんでないかと感じる次第であります。


旧道ながさか道から当尾へと  その5

加茂町       大畑墓地               

大畑墓地 の箱入り娘です。




旧道ながさか道から当尾へと

大畑        大福寺  地蔵石仏

私が躊躇せずロケット地蔵と名付けました。

今なら、はやぶさ地蔵ですね、たぶん。

しかし、この姿、希に見かけるツゥイギー科に分類される石造遺物なり。




旧道ながさか道から当尾へと

大畑


左手にある、クルクル見てね。


この道を真っ直ぐ行くと、弥勒の辻へと。

本日はココを右手へと舵を切って、山中に入って岩船寺へと、企みましたが・・・





当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2010/05/13

2026 内ノ倉不動明王磨崖仏を御拝見


はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「 内ノ倉不動明王磨崖仏 」に。

皆様方御元気だったでしょうか、やっとかめの御無沙汰でした、

本日やって参りましたところは、泣く子も黙る、又は雀山も県外移設の「当尾の里」でございます。

石仏銀座の「当尾の里」でナニすんね~と問われれば・・・
幻の「 内ノ倉不動明王磨崖仏 」御開帳を御願いした次第でございます!

皆さんお逢いになった事ありますでしょうか、「 内ノ倉不動明王磨崖仏 」に。

唐白の壺から誰も歩かない道を、決してくじけない心を持って(例:最低でも県外へ、たぶん)
南東へと這いずれば、やがて「 内ノ倉不動明王磨崖仏 」に。

その時にあなたは、きっと「米軍基地がナンボのもんや」と囁く事でございましょう(個人差有り)

建武元年(1334)のサイン入り、
60年安保のおよそ×××前の創建でございます。

しかしながら、ピンクレディの「透明人間」化してるのが、
残念、無念、珍念、アタリ前田のランチクラッカーでございます。

必ず、弁当忘れても傘忘れるなでございませんが、
弁当忘れても必ずレフ版忘れずに、

ただし、お天道様が出てる時のみ有効でございますので、
誤解無き様御願い申し上げます。

レフ版で苦労して角度アレコレ振ってみれば、
アレ、アレ不思議・・・ほとんど見えません・・・御免なさい、ペコリ、解読不可、いや。解見不可。

「著:山本寛次郎 南山城の石仏 上」と見比べれば、
かすかに、見えた様な気がした、かすかに、たぶん。

皆さんも内ノ倉の「透明人間」こと不動明王磨崖仏にお逢いになってください。




2026 内ノ倉不動明王磨崖仏

けっこう良い運動になりますね、





2026 内ノ倉不動明王磨崖仏


倒木の前の立木は、説明看板だった様です、微かに文字が。




2026 内ノ倉不動明王磨崖仏


お不動さんの持つ剣が見えませんでしょうか?

火焔もどうでしょうか?



2026 内ノ倉不動明王磨崖仏


左手に彫ってありますが、真ん中アタリから剥脱が進行中でございます。

まさしく、裏当尾の看板スターでしょうか、たぶん。

一刻も素早い見学を御奨めいたします。





当尾・笠置・南山城 | Comments(2)
2010/03/27

旧道ながさか道から当尾へと その4

旧道ながさか道から当尾へと  その4

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「旧道ながさか道から当尾へと」に。

「旧道ながさか道」この甘美なる言葉の響きに魅せられて、
どれくらいたったのでしょうか。

どれくらいも、これくらいも、本日知ったんですけどね、
JR加茂駅にある観光案内地図で、ほんま。



御無沙汰でした。
皆々様方、御元気だったでしょうか!

足かけ四日の雨も止んだ様でございます。
これからは、桜満開の知らせがアチコチから舞い降りてくるわけですね。

本日は、 シリーズ旧道ながさか道から当尾へとの番外編と申せばいいのでしょうか。
大蔵墓地の紹介オンリーでございます。
地図を見ると、大蔵墓地からそのままズズイと進んで北上すれば、
灯明寺山ハイキングコースへ接続するようです。

車道からソレなりの距離を経て辿り着く墓地。




本日のコース
JR大和路線/・加茂駅ー草畑ー旧道ながさか道ー北下手ー森八幡宮ーずんど坊笠塔婆・鎌倉後期
ー青地蔵・室町時代ー赤地蔵 永禄八年(1565)ー勝風墓地・迎え地蔵 元亀二年(1571)
ー大畑大福寺・地蔵石仏 室町中期 永享十三年(1441)ーバス停・大畑口ー岩船寺
ーわ らい仏・阿弥陀三尊磨崖仏・末行の銘ー藪の中三仏磨崖ー大門石仏(年齢不詳)
ー西小ー上梅谷ーバス停・青山住宅



旧道ながさか道から当尾へと

京都府  木津川市  加茂町  北下手                             瀬谷不動     室町時代頃か


大蔵墓地ではございませんが、東500mばかしに、ぽつんと佇むは瀬谷不動。
彩色跡も残って、メタボな不動さん。返り不動とも呼ばれてるそうです。

御対面に極めて困難な事態を予想しましたが、
あっさりと逢うことができました。



旧道ながさか道から当尾へと

京都府  木津川市  加茂町  北下手     大蔵墓地

種子十三仏板碑 永禄六年(1563)

お饅頭が13個並ぶ十三仏板碑



旧道ながさか道から当尾へと

阿弥陀

ちょっと、風化気味ではございますが。



旧道ながさか道から当尾へと

地蔵

寝ころんでいました、



旧道ながさか道から当尾へと

五輪塔   鎌倉後期

この五輪塔が立った頃、
ここにある石造物がほとんど、まだ存在して無かったと言う事ですね。

そしてこの五輪塔も、ここが現住所なのかは、はなはだ疑問でございます。



旧道ながさか道から当尾へと

阿弥陀板碑   慶長十五年(1610)

時は慶長、場所は北下手、最新デザインなり~たぶん。



当尾・笠置・南山城 | Comments(2)
2010/03/08

旧道ながさか道から当尾へと その3

旧道ながさか道から当尾へと  その3

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「旧道ながさか道から当尾へと」に。

「旧道ながさか道」この甘美なる言葉の響きに魅せられて、
どれくらいたったのでしょうか。

どれくらいも、これくらいも、本日知ったんですけどね、
JR加茂駅にある観光案内地図で、ほんま。


ブログ3回目にて、ようやく北下出まで辿り着きました、




本日のコース
JR大和路線/・加茂駅ー草畑ー旧道ながさか道ー北下手ー森八幡宮ーずんど坊笠塔婆・鎌倉後期
ー青地蔵・室町時代ー赤地蔵 永禄八年(1565)ー勝風墓地・迎え地蔵 元亀二年(1571)
ー大畑大福寺・地蔵石仏 室町中期 永享十三年(1441)ーバス停・大畑口ー岩船寺
ーわらい仏・阿弥陀三尊磨崖仏・末行の銘ー藪の中三仏磨崖ー大門石仏(年齢不詳)
ー西小ー上梅谷ーバス停・青山住宅


旧道ながさか道から当尾へと 
京都府  木津川市  加茂町  北下手




旧道ながさか道から当尾へと


北下手に到着、彼岸花真っ盛りちゅうでございます。

歩け歩け会系の人でも、歩いた事が無いのでありませんでしょうか、この辺り。




旧道ながさか道から当尾へと

京都府  木津川市  加茂町  森        森八幡

北下手から南下手そして森へと来れば、




旧道ながさか道から当尾へと


森八幡線刻毘沙門天

今では屋根付きになってましたが、

ホ~ホ~と何回も拝見しました。



旧道ながさか道から当尾へと


森八幡線刻不動明王      正中3年(1326)

拓本家あこがれの一品、いや二品でしょうか。




旧道ながさか道から当尾へと


森八幡の裏手に回って、




旧道ながさか道から当尾へと


ずんど坊笠塔婆     鎌倉時代後期

六本木にヒルズ森タワーがあれば、

森八幡にもヒルズずんど坊タワーありと言われてます、たぶん。




旧道ながさか道から当尾へと


まさに森地区再開発のシンボルとなる、ずんど坊笠塔婆。

高さ堂々たる121㎝

今回、淡々と進行してしまいましたが、
皆様方は歩いてますでしょうか、ここの所天気も気分屋になってますが。

昨日の石仏巡りに、カメラのファインダー覗くと雨水が垂れてます状態に、滝かいな!
レンズが雨に濡れない様下向ければ、ボディに雨垂れがドップリと。

山辺の道、雨が降ると、無料の休むところが、ほとんど無い!

気温が低かったせいか、カッパ着ても蒸し暑くならなかったのが、せめてものの救いだったでしょうか。
このカッパも、そろそろハイ  スーパー  テクノロジー応用品にしたいのですが・・・


まだ、まだ続きます。


当尾・笠置・南山城 | Comments(2)
2010/02/06

旧道ながさか道から当尾へと その2

旧道ながさか道から当尾へと その2


はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「旧道ながさか道から当尾へと」に。

「旧道ながさか道」この甘美なる言葉の響きに魅せられて、
どれくらいたったのでしょうか。

どれくらいも、これくらいも、本日知ったんですけどね、
JR加茂駅にある観光案内地図で、ほんま。


本日のコース
JR大和路線/・加茂駅ー草畑ー旧道ながさか道ー北下出ー森八幡宮ーずんど坊笠塔婆・鎌倉後期
ー青地蔵・室町時代ー赤地蔵 永禄八年(1565)ー勝風墓地・迎え地蔵 元亀二年(1571)
ー大畑大福寺・地蔵石仏 室町中期 永享十三年(1441)ーバス停・大畑口ー岩船寺
ーわ らい仏・阿弥陀三尊磨崖仏・末行の銘ー藪の中三仏磨崖ー大門石仏(年齢不詳)
ー西小ー上梅谷ーバス停・青山住宅



旧道ながさか道から当尾へと

旧道ながさか道の入り口



そうですか以前歩いた道は、くぬぎ古道と言うんですか。

目指すは森八幡宮とずんど坊笠塔婆への最短の道、
なおかつ、ナイスな道、それが
旧道ながさか道と。

私の頭の中の台本には、そう書かれていたのでございました。
歩いた事もない道なのに、朝青龍が引退したのに。

思いこみとは恐ろしいものです、
若気の至りとは恐ろしいものです。

あっ!今、隣のダンナの顔をジロリと見た、ソコの若奥さん(老奥さんでもOK)

私と一緒に旧道ながさか道を歩こうではありませんか、
そして、すべて水に流しましょう、
そうですか、ダメですか、やっぱし、
ダメですか、たぶん。


そんな、ボケをかましてる間に、旧道ながさか道の入り口に到着、
灯明寺山のハイキング コースも兼ねてるようです。




旧道ながさか道から当尾へと


右手に小川を見て、落ち葉を踏みしめて、
台本どうりのナイスな道。


旧道ながさか道から当尾へと


やがて、小川が右手へと別れると、
目前は雑草の山々が、オイオイです、微かに突入口らしきモノがありましたが、

まだ、ましな空間が残る小川に沿って、しばらく進むと水田が、
ホントにヤレヤレです。

しかし、地図では雑草の山々が旧道ながさか道だと思うんですが、
ブルータスお前もか、あんまし歩いてまへんのこの道・・・

ここのブロックだけですが、
ここだけの私の感想ですが、加茂町自体この道プッシュして無いミエミエでございます。




旧道ながさか道から当尾へと



どうですか皆さん、加茂駅から歩け歩け会系の方なら40分ちょっとばかしで、
この光景を目にする事ができるでありましょう。

稲刈りが終わった後が残念ですが、
田植え時期を思うと、ついつい妄想してしまう私めでございます。




旧道ながさか道から当尾へと


正しく由緒正しき旧道ながさか道らしい、なだらかな坂道が、
私を北下手へと導くのでございました。


旧道ながさか道から当尾へと その3へと続くのであります。


青山住宅にはいつになったら到着するのか、桜咲く頃まで引っ張るのか?




当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2010/01/21

旧道ながさか道から当尾へと その1

旧道ながさか道から当尾へと
京都府  木津川市  加茂町  美浪



旧道ながさか道から当尾へと  その1

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「旧道ながさか道から当尾へと」に。

「旧道ながさか道」この甘美なる言葉の響きに魅せられて、
どれくらいたったのでしょうか。

どれくらいも、これくらいも、本日知ったんですけどね、
JR加茂駅にある観光案内地図で、ほんま。


本日のコース
JR大和路線/・加茂駅ー草畑ー旧道ながさか道ー北下出ー森八幡宮ーずんど坊笠塔婆・鎌倉後期
ー青地蔵・室町時代ー赤地蔵 永禄八年(1565)ー勝風墓地・迎え地蔵 元亀二年(1571)
ー大畑大福寺・地蔵石仏 室町中期 永享十三年(1441)ーバス停・大畑口ー岩船寺
ーわらい仏・阿弥陀三尊磨崖仏・末行の銘ー藪の中三仏磨崖ー大門石仏(年齢不詳)
ー西小ー上梅谷ーバス停・青山住宅




皆様方、お元気でしょうか。
東京地検特捜部とは仲良くしてるでしょうか?

石仏の宝庫でありハイキング・コースの王道であります、当尾の里を訪ねた事はあるでしょうか?
私なんぞは口をしっかりと閉じて、当尾地検まで歩けるくらい、
もとい、もといでございます、当尾地検ではなく、当尾の里でございました。
ここに、事情聴取に応じる次第でございます。
カツ丼を食べるのが楽しみでございます、たぶん。



毎度、毎度の当尾の里訪問は、奈良側からのアタックばかっしで、
京都側からのナイスな道は無いのかなと思いを抱いて三千年経ってしまいましたが。

本日、念願かなって加茂駅からアタックとあいなったしだいでございます。
そして、なんと歩こうとした道に「旧道ながさか道」と立派な名前まで付いているではありませんか。
誠にもって他人とは思えない道と感慨にふけったのでございました。

まあ、そんな訳で東京地検も五月蠅い事ですし、来週へと続くのでございます。


ただ、続くだけでは御無礼なので、
以前、私が「ホームページ石仏の辻」で紹介した、当尾シリーズでも、
今また再び、マタタビ、ゴロニャンと御覧なってくださいませ。


005  裏当尾の旅 その1 当尾の里は泣く子も笑い仏 しかし今回は泣く子もずんど坊笠塔婆
みなさんは当尾の里といえば「わらい仏」に「大門阿弥陀?磨崖仏」を頭の中に思い浮かべますね、
わたしもそうなんですが、
でもそれはほんの一部なんですね、当尾の石仏さんの。こりゃあまたと!


006  裏当尾の旅 その2
はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「辻千日墓地」に。
わたしはこの「辻千日墓地」に足を踏み入れた瞬間に、
雷に撃たれたような衝撃を感じたのであります。
そんなオーバーなと思われる方がいれば、
この地に一歩足を踏み入れた瞬間にあなたは、
もう石造遺物(石仏)の桃源郷のまっただ中というわけでございます。


008  裏当尾の旅 その三
たしかに裏当尾の旅に入れるのには、
ちとメジャーやないのと突っ込まれてもいたしかたがないかもしれませんが。
当尾の観光コースにはあまり?入ってないようですから紹介を 、
はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「岩船寺墓地六地蔵石龕仏」に。


045 今日も当尾の里は春だった
はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「当尾の里」に。
本日は「当尾の里の石仏」こと由緒正しき文部省推薦の
コテコテコース&奈良までは魔境の山岳地帯(標高200m)を行く!でございます。
なんとメリハリのついたコースではありませんか、



当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/15

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏


大神田の不動・阿弥陀磨崖仏
京都府  相楽郡  笠置町  大神田        不動・阿弥陀磨崖仏  像高 60   室町後期

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏
念願叶って、御対面でございます、

こりゃあ、Duke Ellington & John Coltrane 1962年  デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン、
でんな~と感じたしだいであります。
このLPはインパルス! レコードのプロデューサー発案の企画だったそうです、
当時としては極めて格式の高いイロ物企画だったんですね、たぶん。
今ならさしずめ、都はるみ&倖田來未と言うところでございましょうか。

しかし、笠置山山中に都はるみ様&倖田來未様が彫ってあったら、
薄暗い中、御対面~したら、正直ビビリますよね、ほんま。
あ~お不動さんと阿弥陀様で良かったと・・・他意はありまへん~たぶん~

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

所々に、大きな石がゴロン、ゴロリンの中、
ココの石に、ココ彫れワンワン状態で、足場組んで、コツコツと、たぶん。

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

道無き道を谷に沿って下ると、小さいながらの砂防ダムが、
だんだん雪も積もってまいりました。

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

ようやく東山墓地への辻に到着、
笠置寺からは、ココへ下って、
東山墓地へは、また登りへと。

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

ココにも地蔵磨崖仏が、

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

雪見大福の様な地蔵磨崖仏

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

笠置寺を経て、大神田への別の道を辿って、
1時間後にアイルビーバック 、
辺りには子供の頃、風呂上がりに付けた天花粉の如くの風景になってました。

ホームページ  石仏の辻    2008  2/13 から再録なおかつお色直し、


この秋も訪ねた不動・阿弥陀磨崖仏、インパクト大です。
不動と阿弥陀のペア、そして、このロケーション、
役者は揃った、監督はクロサワかタケシか、たぶん。

関西の石仏ファンなら一度は訪れる笠置寺の磨崖仏。
ついででけっこうですから、
東山墓地に大神田の不動・阿弥陀磨崖仏もお訪ねくださいませ。


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/14

南山城 Vol.001

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「観音坂の十一観音石仏」に。
先日、Tさんと笠置町の観音坂の十一観音石仏を訪れました。

笠置町と言えば笠置寺の磨崖仏が有名でありますが、
本日は笠置町のマドンナこと観音坂の十一観音石仏さんに逢いにやって参りました。
本に書かれた地図に文章を参考に、アチコチの皆々様にお教えを乞うて。

2009 南山城
京都府 相楽郡 笠置町

なんか最初、こんな所まで来ちゃいましたけど、ここには道は無し。
完全に間違えの道、いや道はありませんでしたが、進めば道、たぶん。

2009 南山城

来た道を戻って出直し、
右手の山が磨崖仏の笠置山。
手前えと歩いていくと観音坂へと。

 2009 南山城

歩いて、いや登って、階段状の登山道を納得の観音坂。
登りが一息ついたら現れた十一観音石仏、
もっと上かと思っていただけに、あっけなく御対面でございます。
小柄な観音さんがニッコリと微笑んでくれました、ホンマ。

2009 南山城

十一観音さんの前には、給付金程の広さの広場が、いや、いや狭場がに訂正いたします。
南山城の石仏 上 によると、長谷寺型の十一観音さん、 天文の頃と推定と。

ほとんど今も知られていない仏様ですが、皆さんも是非逢いに行ってくださいませ、
観音坂の十一観音石仏さんに逢いに来ましたと、近所の人に尋ねれば、
指名料無しの明瞭会計で、どなたも極楽浄土へと旅立つことが出来るでありましょう、個人差有り。
まだまだTさんとの旅は続くのでありました。

ホームページ  石仏の辻    2009   4/23  南山城 Vol.001  から再録なおかつお色直し、

観音坂の十一観音石仏さん小さくしか見えませんので、

2009 南山城

改めて観音坂の十一観音石仏を、
観音坂を越えれば下狭川へと道は続いていたようですが、
今はゴルフ場が行き手を遮っている様でございます。
宝山寺への道、荒池道(八丁門峠)越え参道と同じパターンのようです。


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/13

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た! vol.3


2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
京都府 和束町 撰原 撰原峠子安地蔵尊 文永四年(1267)

はあ~るば~る来たぜ~「函館ではなっくって、撰原の阿弥陀石仏」に。

始めて訪れた10年前は夕暮れ迫る中、加茂駅からトボトボと歩いて訪ねた撰原。
この地蔵さん逢いたさにやって来た撰原。

2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
京都府 和束町 撰原      阿弥陀石仏  鎌倉時代   中央の岩に側面写真ですが!

して今回三度目の撰原入りは、阿弥陀石仏さんに逢いにやって参りました。

2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
うつぶせ阿弥陀状態になっています。

後ろ木の成長により、コウベを垂れる阿弥陀かな状態。

2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

この前は旧道になっていた様な、今は誰も来ないままに、
撰原のバス停から上がって左へとカーブする道の下に。
700年ばかし毎日、まいにち、マイニチ、道に積もる枯れ葉を眺めて、
こんなに大きく(小さい)育ったのでしょうか、たぶん。

ホームページ  石仏の辻    2009  5/6  南山城   Vol.002  から再録なおかつお色直し、

今の道は近代のモノではないでしょうか、
たぶん。
鎌倉時代は、この阿弥陀の前を通り、撰原へと続いていたかと?

当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/12

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た! vol.2

はあ~るば~る来たぜ~「函館ではなっくって、和束」に。
先日、ウォームス三姉妹で和束を訪れました。

JR加茂駅-バス停 和束山の家-杣田-和束弥勒磨崖仏-撰原-下島-石寺
-霊性寺-奥畑-口畑-仏生寺-岩脇-JR加茂駅


茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

それは、それは、それは、だいぶむかしに三上山を訪れた時の遠望。
左手下が撰原だと推測しますが、どないでしょうか?

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

下島の墓地にて
そのまんまが素敵です~

撰原から下島への道が、とても素敵、
クネ、クネと家々を辿り、
茶畑、墓地を左に右に眺めて歩けば、やがて下島へと。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

空輪と阿弥陀のコラボレーション

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

矢田型地蔵がこの地に

船型の絞り込まれたウエスト・ラインが流行の最先端だったのか?
コーク・ボトルはココからヒントを得たに違い無い、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

一石五輪がさりげなく、チラホラと、

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

下島  円福寺


茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

口畑方面を

茶畑の中の日陰にて、コーヒータイム。
地図上の169.3手前付近だと推測(人間GPS使用)
当日は秋なのに~暑いのなんのって、
茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

傾きつつある陽を浴びて、気分は出江泰吉で撮影、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

木津川が赤く染まる頃、

実にナイスな道、そして、てんこ盛りの思わぬ石仏との出逢い。
このコースはホンの一例でございます。
歩き人なら、加茂、和束駆けめぐってくださいませ。
海住山寺から三上山へ、行けるようですね。
コレは是非、ウォームス四姉妹で歩かねば行けませんね。


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/11

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た! vol.1

はあ~るば~る来たぜ~「函館ではなっくって、和束」に。

先日、ウォームス三姉妹で和束を訪れました。

JR加茂駅-バス停 和束山の家-杣田-和束弥勒磨崖仏-撰原-下島
-石寺-霊性寺-奥畑-口畑-仏生寺-岩脇-JR加茂駅

茶畑に始まり、茶畑で終わる、磨崖仏に始まり、木津川で終わる旅。
この道、どえりゃあ、ええでなも~
近日、ウォーキング娘にて全国ロードショー

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
京都府 相楽郡 和束町

これは、なんじゃらホイ。
石仏のヨーロッパ風アパートメントか、
正面には大きめな地蔵が鎮座する。
ひょっとしてココが、シルクロードの終着点なのか、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
和束弥勒磨崖仏      鎌倉後期 正安二年 (1300)

草茫々で磨崖仏まで辿り着けず、
対岸から見てます~
光線具合最悪時に到着、これも何かの縁か、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

以前、訪ねた時の弥勒さん
対岸から見る方がビューティフル、たぶん。
 
茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

怪しげな光線を放つウォームス二姉妹が。
子安地蔵の裏手から、北西方面を眺めて、 鷲峰山(じゅうぶさん)はどこ?

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

撰原峠に子安地蔵   鎌倉後期  文永四年 (1267)

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

私としては三度目の御対面。
圧倒的なる存在感の峠の地蔵。

七廻峠の受け取り地蔵か、撰原峠の子安地蔵
天下分け目の峠の地蔵だ~たぶん。

撰原峠を下る三姉妹に明日はあるのか?
次週の立つんだ、立つんだ、ジョーを乞う御期待アレ!


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
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