2016/06/12

1999 03 島ヶ原から 補陀落寺 伊賀上野まで

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「島ヶ原から  補陀落寺 伊賀上野まで」に。
今月の古道紀行(おおばこ)の伊賀街道パート2にも行けませんので、
17年前の禁断の単独未公開写真を御開帳いたします。
ミュージック スタート~してますが、
絶対に踊り子さんには触れない様御願い申し上げます~

本日のコース
島ヶ原駅-峰の六地蔵磨崖仏 室町時代-行者堂阿弥陀磨崖仏 南北朝時代-薬師堂 薬師磨崖仏 鎌倉時代-薬師沢 六地蔵磨崖仏 慶長九年(1604)-西念寺 阿弥陀石仏 永禄七年(1564)-正月堂-大道-中矢-高坂-西山-高倉神社-廃補陀落寺町石-西高倉-東高倉-伊賀上野駅

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

この大和街道はまだ歩いてません~
関宿まで歩いてみたいものです、佐吉に逢いに・・・

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

素朴でさりげなくの峰の六地蔵磨崖仏 室町時代

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

今でもしっかり記憶してる正月堂のカモちゃん。
なんか食べるものが欲しいんだがと、
ガーガーガーとがなり立ててました。

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

愛宕ブランド強し。

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

西山にて

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

奈良方面の山々が。

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

ようやく辿り着いた高倉神社

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

高倉神社

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

廃補陀落寺町石


1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで  
島ヶ原あたりの石造物とこの廃補陀落寺町石見たさに、
ここまで歩いてきました、

1999 0316 島ヶ原から 観菩薩寺 補陀落寺 伊賀上野まで

特別付録  多宝塔  鎌倉時代  仏土寺  2012撮影

どうでしょうか、17年前の記憶はけっこう憶えてるものです。
かといってその後石仏会のみなさんで廃補陀落寺町石は、
何回も行ってますので。
記憶が勝手にリミックスされていることでしょう。
廃補陀落寺から御斉峠まで行きたかったのですが。
歩きではヤメトケ~でございました。

三重 | Comments(0)
2012/08/10

補陀落寺跡 三重県

補陀落寺跡
三重県  上野市  西高倉

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「近いうち」に。
失礼いたしました、ペコリンコン。
「補陀落寺跡 」のマチガイでございます。

本日SZ会で暑さもなんのその目指すは、補陀落寺跡の町石!
その前に佛土寺の多宝塔を拝んでからですが・・・

ロンドンが羨ましいですな、涼しいそうですねロンドンは。
ビーバーエアコンいらずなのか?

補陀落寺跡

ようやく辿り着いたのが十五丁石(標高170mだいたい)
ここから補陀落寺跡までカウントダウン形式の町石が、
今は十基残ってるそうです。

補陀落寺跡

15、13、12そして九丁へと。
ここで二人、ここで待ってます~コール。

補陀落寺跡

八丁石  昭和29年4月に掘り出されたとか、
行方不明の町石もこの辺りに眠って居る様でございます~
まさか伊勢湾までは流れ着いてはいないでしょう、たぶん。

補陀落寺跡

刑務所で面会状態の七丁石、
思わず花子と太郎は大きくなったか?と叫んでしまいました。

補陀落寺跡

なんでもかんでも年号入れとくべきですな、
ただし入れ墨はアカンヨ、大坂市長 橋上さんに目の敵されるからね、
ただし北新地の高級クラブのオネエチャンはOK!

申し遅れましたけど、四丁石  建長五年 (1253)
銘のある町石で日本で一番古いそうです。

補陀落寺跡

ツチノコですか、ツチノコがダイエットしたら、タダの蛇、たぶん。

補陀落寺跡

補陀落寺跡に到着(標高310mだいたい)
ココまで辿り着いたSZ会人はたった二人でございます。

補陀落寺跡

基石    建長五年癸丑  八月廿一日

補陀落寺跡

760年ばかしの鎌倉時代のこの地は、まったくの山中の中だったのか~
古文書の記録もほとんど無いも同然なのか・・・

補陀落寺跡

あなたも補陀落渡海へと旅立っているわけですね、
二度と出ることが出来無い人間社会へと、南無阿弥陀仏でございます。



三重 | Comments(2)
2009/11/22

花之木キャンディーズ

花之木キャンディーズ

三重県  伊賀市  大内       花之木三尊磨崖仏(岩根の磨崖仏)   徳治元年(1306)

花之木キャンディーズ



花之木キャンディーズ



花之木キャンディーズ

時は徳治元年、場所は花之木小学校グランドに設けられた特設後楽園球場、たぶん。

「普通の仏に戻りたい!」と言う事で、
花之木キャンディーズこと花之木三尊磨崖仏の解散コンサートが、
盛大に催されたのでございます。

そして、セロニアス・モンクも絶賛したあの名文句が放たれたのでございます。
「本当に私たちは、幸せでした!!」

そんなわけで700年後に訪れた時は、雪が降ったり、逆光時の夕方だったわけでです。
皆様方は、今本当におしあわせですか?
むかしは良かったの中で生きるしか無い、わたくしめでございます、たぶん。


三重 | Comments(0)
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