2017/01/04

2017年 謹賀新年

2017年
光蓮寺跡 貞治三年(1364) 天理市 柳本町  (ホームページ版のリンク・更新は終了してます)

みなさん今日は、タケチャンマンと申します。

石仏(石造物)それは人類に残された、最後のフロンティア、たぶん。

「石仏の辻」の歩きは続く。

未知の石仏を探索し、過去から現代へ、そして未来へと。

古い石仏、新しい石仏、

前人未踏の山村?へ、峠へ、都会へと、勇敢に進んでゆく歩く旅が・・・。




2017_6002

謹賀新年

あけけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。



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2015/04/13

2015 0411 石仏巡会 道辺寺 又兵衛桜

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜 又兵衛桜

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「道辺寺の十二神将像」に。
2006年4月以来の同じ4月の又兵衛桜経由で。
道辺寺 薬師 十二神将像を訪ねて

又兵衛桜をまともに見るのも初めてでありませんか。
大昔に・・・お訪ねした様な気がする~けど、記憶の彼方。

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜
大願寺  日限地蔵尊

本日は石仏巡礼会での歩き。
上の地蔵様、佐吉さんでしょう~
佐吉さんに関しては、誰より勉強熱心なSさんから手取り足取りならぬ、
手の指から足の裏までの佐吉解説を承って。
思わずSさんの口座に300万円(あったら)振り込みそうになりました、たぶん。

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜 又兵衛桜
右手に見えてるのが西山岳だと・・・

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜 又兵衛桜

今回はドンピシャのタイミングだったようです。

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜 
薬師

二回目は迷わずに道辺寺に到着。

お訪ねは必ず宇陀市に連絡の上御願いします。

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜

十二神将像

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜

こちら先ほどの大念寺のお馴染みの「おちゃめ庚申」
お目目を見てください。
十二神将像のお目目と似てるけど、流行ってたのかな?

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜

後藤又兵衛の墓


2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜

あれが西山岳。
ここからスグ・・・
個人差アリ

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜

西山岳のピークに。

大日さんと呼ばれてました。

ココから、チョイ下に役行者さんがお堂の中に。

2015 0411 石巡 道辺寺 又兵 衛桜
又兵衛桜から道辺寺へと辿る道がほんとナイスです。

道辺寺を通り抜けハイキング コースでセットするとしたら北からでしょうか、
しかしながら、今は藪の道となってるそうです。
歩く人がいないそうです・・・

その昔、とある石仏会で歩いたそうですが(大昔)
観音寺ー経ヶ塚山ー道辺寺 薬師 十二神将像ー又兵衛桜
詳細は聞いてないのですが、ハイキングと言うよりは山登りコースでしょうか。
適度(人によりけり)なるアップダウンの連続の・・・
それでも踏み跡が残ってればの話し、ダメかな、藪の中でしょうか。


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2015/02/06

祝 萱生道 完歩

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩 
天理市 田町不動ノ背、高さ130㌢ 南北朝末期

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「奥の院不動石仏」に。
ではなっくって「龍王山の不動石仏」に。


今年もやって来ました龍王山の不動に。
変わらんな~
600年以上この姿のままですから。

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩

みろく丘    弥勒石龕仏  永和四年(1378)
                 大勧進沙弥渓乗/大工僧善教/□□施主卅二人

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩

龍王山登山道    善教作   阿弥陀石仏

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩

龍王山登山道    善教作   地蔵石仏 貞和五年(1349)

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩

江戸期の不動、山向こうの藤井の村人が建立

お茶目不動(自称)

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩

磨崖仏 阿弥陀    善教作たぶん

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩

おなじみの奥の院不動石仏
横に立つ歓進碑に、元徳二年(1330)の年号が、
不動も同じ鎌倉期の作と考えられてるそうです。


2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩

祝  萱生道  完歩    みんなで記念撮影。

不動から下って、萱生の果樹園の最上部に到達す!

12年前は倒木に遮られて、萱生道を離脱して北上の谷コースで・・・
そして今回は威風堂々と萱生道を下っての。
正に至宝の時の中にて、萱生道サンキューです。

萱生町の方が道を少しでも整備してくれたのでしょうか?
それとも廃道ファンの方が御世話してくれたのか?
まさかと思いますが、熟女(深い意味はナイ)の天使が清掃してくれたのか?
いずれも推測にすぎないのですが、たぶん。

ここで緊急お知らせです

第64回 4月26日 第4日曜日    歩く・石仏の辻
龍王山そして竹之内峠へ

これを下記へと変更いたします。
竹之内峠ファンのみなさんにはペコリンですが。
萱生道を歩かないと死んでも死にきれない人も居ますでしょうから、たぶん。

第64回 4月26日 第4日曜日    歩く・石仏の辻
龍王山そして萱生道へ

集合:JR桜井線(万葉まほろば線)・柳本駅 午前9:30

行程:柳本駅―龍王山T―龍王山の不動石仏―萱生道―萱生町―長柄駅
距離:9㎞  高低差:70―585―60m  難度:山歩きハイキング・ストック 山靴

参考に御覧ください
017 わたしを「竜王山の不動石仏」に連れてって
2013 05 柳本の善教さんに健治形様方

2013 05 カムバック 龍王山の不動石仏に

この機会に萱生道を是非味わってくださいませ。

2015  02/01現在の萱生道は、
歩く・石仏の辻のいつも来てくれるメンバーでも十分に歩けると判断しました。
旧一台峠道よりも、ずっとマシです。

2015 0201 下見歩く・石仏の辻 竜王山の不動 萱生道 完歩
善教作   地蔵石仏   

並木不動の左手にて、見逃さないでくださいませ。



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2014/04/18

好きになった、ホントのわけ

好きになった、ホントのわけ

山ノ辺の道をトボトボ歩いて、
私がお地蔵さんを見てた時に。

それは突然始まったのでございます。

あの~ちょっとお時間がありますでしょうか。
と、突然、お地蔵さんが語りかけてきたのです。

えっ~えっ~えっ~
もう私は保険には入ってますけど~

アホかいな誰が保険屋のおばちゃんや!
断っておくけど私は地蔵ではなくって阿弥陀なの、
よく記憶しておく様に、わかりましたね。

あっ、お地蔵さんがしゃべってる!

あなたはお勉強が苦手な人のようですね。
もう一回しか言わないから心して聞く様に。
私は阿弥陀なの。

それが私のお地蔵さんとの・・・
失礼、ペコリン、阿弥陀さんとの出逢いの始まりでした。

たしかに阿弥陀さんの頭はピカード艦長ととちがって、
おおさかのオバチャンの様なパンチパーマー頭してます。
ピカード艦長=地蔵様
パンチパーマー頭=阿弥陀様
と私の脳味噌にインプットされたのでございます。

で、地蔵堂の前にある「喫茶じぞうどう」に引きずり込まれて、
一緒にコーヒーを飲むことになったのです。
阿弥陀様はコーヒーセット(チーズケーキー)を頼み美味しそうに食べて。
私に両手を合わせてペコリンして、逆だろう~
「ごちそうさまでした」と発して、俺のおごりかよ~
あっけにとられてる私をしりめにして、喫茶じぞうどうを出て。
また地蔵堂(本人談:阿弥陀堂)に帰って行ったのでございます。

好きになった、ホントのわけ

支払いをする時に、喫茶じぞうどうの店主に。
阿弥陀様はよく来るんですかと聞いたら。
いや、タマに来るぐらいだね、
だいたいは、うだつの上がらなそうな顔をした男と来るそうな。
なるほど~
二度とこの店に入ることは無いだろうと思いました。

帰り際に地蔵堂を見たら、
阿弥陀様が、
うだつの上がらなそうな顔をした男に声をかけていたのを目撃したのでございました。

それからですね、石造物を訪ねて三千里を始めたのは、たぶん。



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2009/08/01

002 魔境の生駒山系に、「峰の薬師跡十三仏」を見た

魔境の生駒山系に、「峰の薬師跡十三仏」を見た

002  魔境の生駒山系に、「峰の薬師跡十三仏」を見た!

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「うつぶせ地蔵」に。

本日のコース
近鉄奈良線 生駒駅---ケーブルカーか歩いて---薬師山鶴林寺跡---八大ノ滝---うつぶせ地蔵
---八大ノ滝---薬師山鶴林寺跡---鬼取---鶴林寺---大門---大福寺---有里---円福寺
---竹林寺---興融寺---近鉄生駒線 南生駒駅

地図1:25000   生駒山

うつぶせ地蔵
八大龍王薬師の滝から、
南へかすかに残る足跡を辿り、
行けども行けども「うつぶせ地蔵」は現れず。
道は途切れて下へ降っても道らしきものは無し、

これまでかい,、
しかしいずこへ「うつぶせ地蔵」はと思いいつつ、
戻りますかと未練たらしくしゃがんで、
途切れた道を見たらかすかに空間が!

これは行けるかもと思いつつ足を進めると、
そこに「うつぶせ地蔵」が、
私を出迎えたのでございます。

感謝、感激、雨、アラレです、
たぶん、今年ジャイアンツが優勝したら?
長島監督が味会うであろう、
あの感激と同じくらいの喜びが、
私の中を駆け巡ったのでございます。

追伸  もうええから
        来年はやめてね監督さまへ  2001 11記

魔境の生駒山系に、「峰の薬師跡十三仏」を見た

峯の薬師跡十三仏
その「うつぶせ地蔵」さんですけど、
その正体は!「峯の薬師跡十三仏」なんすけどね、

なんで「うつぶせ地蔵」なんすかね?と~偉そうに言うこの私、
ほんの二年前まで石仏さんは、
みんな地蔵さんだったんですから、
なあ~るへそ、そ~いう訳なのかと。

ちょっと前までは「うつぶせ地蔵」は前方に傾いて、
そのままの姿でおられたそうですが、
最近?シャキットなと、真っ直ぐにお立ちになられたそうです。
私がお会いしたのは、このシャキットなバージョンです。

地元の方が
「誰じゃ~あい、
うつぶせ地蔵をおったち地蔵にしたのは?」とお怒りとかです。

危うし「うつぶせ地蔵」ですね。
改名を余儀なく、されるわけですか、
「おったち地蔵」に!やっぱ地蔵ですか、
せめて十三仏を、地蔵の前に付けてもらうと、ありがたいのですが、
いや、分かりやすいのですが。
「おったち十三仏地蔵」つうことで、どないでっしゃろか。

しかし誰が立てたんすかね、一人では到底無理なんですが。
「うつぶせ地蔵」は県下十三仏在銘中、
二番目に古い永正七年(1510)作だそうです。

魔境の生駒山系に、「峰の薬師跡十三仏」を見た

一番目は信貴山 成副院 石室十三仏 文明十一年(1479)

魔境の生駒山系に、「峰の薬師跡十三仏」を見た 魔境の生駒山系に、「峰の薬師跡十三仏」を見た

「うつぶせ地蔵」へ行くには
生駒山 八大竜王---薬師山鶴林寺跡---八大ノ滝から南へかすかに残る足跡を辿り、
だいたい300メートル位(人間GPSで測定)の所です。

この道は、むかしの暗峠から宝山寺への道だそうです。
今はひっそりと静かに、
訪れる人も少ないようです、当たり前である。

なお現在は暗峠までは行け無いようです、
なんとか行けまへんかね?

2001 11記

2009 07後記:無理矢理に歩いてきました。

参考文献:奈良県史
               生駒市石造遺物調査報告書

あとがき
みなさんも生駒山に行かれたら、
奈良時代建立の薬師山鶴林寺跡から、
「うつぶせ地蔵」に寄られたらどうでしょうか。

永正七年、室町後期の、この辺りはどうだったのかなと、想いを巡らせては。
立派な薬師山鶴林寺由緒沿革もあって、分かりやすく説明してあります。

まあ有名人はともかく、
その頃の私達普通の人はどないんやったのと。
テレビの「武蔵」もいいけど、「庄兵ヱさん物語」があってもいいんとちゃいますかね。

有名人だけが歴史を作るのではなく。
私達普通の人の生活こそが、歴史となって流れて行くと感じてますが、
どないなもんでしょうか、皆様方。



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2009/07/29

0001 哀愁の「ネンド」に 初瀬ダムは見えただろうか

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか 奈良県 桜井市 三谷

001  哀愁の「ネンド」に 初瀬ダムは見えただろうか

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「寝地蔵」さんに。

本日のコース
近鉄大阪線 榛原駅---バス・奈良交通---並松(なんまつ)---藺生(いう)---青龍寺
---三谷 寝地蔵(ネンド)
---瀧倉・西法寺---樹齢400年のしだれ桜---滝倉明神---小夫
---笠---荒神社---妙円寺---初瀬山
---白河(しらが)---近鉄大阪線 長谷寺駅
地図1:25000  大和白石、初瀬

ネンド
これが寝地蔵さんですか、
いや、いや、とうとう来ました寝地蔵さんに。

榛原からバスに乗って並松で降りて、青龍寺前の旧道をと思い、
農作業のおじさんに聞いたら、
手入れがあんまし、してないから行けるかな~と。

ひぇ~本日は道中長いから旧道をあきらめて、
コンクリート道をテクテクと産業廃棄物置き場なんぞを見つつ、
ようやく着いたのであります。

見事に転けてます。ほんま!
右に阿弥陀、左に地蔵を彫った磨崖仏さんが、コロリンと寝てます。

しかし自然に割れまっかという素朴な疑問が?
なんかいわれがあるかもと?
延慶二年(1309)「ネンド」と呼ばれてるそうです。

すぐ脇には建武二年(1335)地蔵
「光背面に計十個の小月輪を刻んで「カ」地蔵の種子を刻んでいる」奈良県史より

この丸いのがそうなんですね、
ところで小月輪て?ナゾがナゾを呼びます。
そこで広辞苑から、なんとゲツリンではなくって、ガチリンなんですね。
「清浄な悟りの心」わたしとは対極の心でございます。

こうして石仏好きおじさんの旅は「清浄な悟りの心」を求めて、
今日も続くのであります、たぶん。

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
青竜寺  宝篋印塔
哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
滝倉へ滝倉へ
ネンドさんを後にして、
ここからはようやく地道へと、三谷を経て滝倉へ滝倉へと、

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか

この道がいいんです、
これがまたハイ!と言うてるうちに、
滝倉の永禄七年(1564) 十三仏が迎えてくれました。

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか

そして西法寺 地蔵石仏 天文十年(1541)
重厚な面もちを持ちながら、
フーテンの寅さんを想ってしまう、そのお顔が、お顔が~

石段を上がった西法寺には、
ワンコとおばあちゃんが出迎えてくれました。
ここからの眺めも絶景かな絶景かな~。

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
樹齢400年のしだれ権現桜

哀愁の「ネンド」に 初瀬ダムは見えただろうか
滝倉明神には弥勒仏 鎌倉末期

味がありますよね、しげしげとお顔に体中を眺めてしまいました。
このずんぐり、ブリブリがいい~

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
小夫の名号磨崖碑   天正11年(1583)  

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
奈良県 桜井市 小夫  天神社      石灯籠  嘉暦2年(1327)

笠への道
小夫までいったん出て、
「小夫の名号磨崖碑」を探そうとしましたが、
断念することに、時間が押してますから。

しかし、ここ小夫から笠まで長いのなんのって、
コンクリート道をひたすら、テクテク&テクテクと、
へたばってきますし、ガッツ、だぜ~と励まして、

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
笠の応永二十二年(1415)不動磨崖仏
なにやら可愛らしい不動明王さんが佇んでおられます、
当時はこの川の横に道があったんでしょうか。

不動明王には、
可愛らしい系とか、ユーモラス系が多い様な気がするんですが、
皆様はどうお感じでしょうか?

それとも怖い、怖い不動明王が、
チョッピリでもブリッコして可愛いらしかったりすると、
その印象が心に残ったりするんでしょうか。

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか

つうわけで、可愛いらしい不動明王さんから、
元気をもらい、荒神社の不動石仏  室町後期

妙円寺にて地蔵、室町後期とご対面して、後は帰るだけです。

そして、この時には、この後起こるであろう、
悲惨な出来事など、想像もできなかったのでございます、
南無阿弥陀仏です。

哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
迷子になる前に最後に見た!初瀬ダム

初瀬ダムとのご対面は
しかし帰るつうたって、たって・・・
結論は纒向までゴーです。

西へ、西へ、ひたすら西へコンクリート道を。
へたばり心の中では、高橋尚子選手だって、こんな道は走りまへんで~

その時です、心の中の悪魔君が囁いたのです!
「旦那 ダンナ だんな こないだ長谷寺から龍王山まで歩きましたがな、
あの道、あの道ですよ、やっぱ山道が一番でっせ」

我に返った時は、もう山道を歩いてました。
へたばり体には、やっぱ山道が、一番よねえと独り言を言いながら~
そして、そのまんま道に迷っちゃいました。
(どうやったら、この道で迷うの&災難は忘れなくとも、やって来る)

迷って、迷ってコンクリート道に出ました、
思わず私はちっちゃい声で叫びました「不動明王さま~」遅いつぅうの。
どうも初瀬山と巻向山の真ん中の道に、出たようです。

その後は南へ、南へとひたすら南へと、コンクリート道を長谷寺駅まで。
駅に着いた時は、御約束道理に真っ黒毛の毛でございました。

みなさんも一度や二度や、こんな経験していらっしゃいますよね?
三度の人もいらしゃるかと思います、たぶん。

えっ!四度ですか、負けました BY 麻性太郎でございます

あとがき
みなさん、どでしたでしょうか?
愛と真実と石仏を追い求めたおじさんの記録である、
石仏の辻、記念すべき第一号は。

きっと!好き嫌いがハッキリすると思いますが。
嫌いな人は、見なかったと言うことで手打ちで。

おもろいやないけ~と思われた方は、
ずずい~と、引き続き御観覧くださいまし。

本文でも書きましたが、ネンドさんから、三谷そして滝倉への道が最高です~
騙されたと思って歩いてください、お礼はいりまへん、メールください。

近年、小夫からのバス路線が消滅いたしました、
誠に残念、無念、珍念でございます。
帰りは歩くしか無いと言う事になってしまいました。

足腰が適当に動くうちに、このコースを歩く事を御奨めいたします。
都祁方面から、自然の摂理に従って上から下への長谷寺へと。

元気が余ってる者は笠でソバを食して、
纒向へ、初瀬山へ、巻向山へと駆け抜けてくださいませ。


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2009/07/12

はじめまして、引っ越しました。

皆様方御元気だったでしょうか、すっかり御無沙汰してました、
ブログのタケチャンマンです。

ココの記事は東京都議選の結果出る前に書いてますので、あしからず、

いよいよ始まりますね派遣切り、もとい、もといでございます。
自分党総裁切りの間違いでございました、
内閣掃除大臣の麻性太郎さんには大変失礼いたしました、
ここで謹んで舛泰要二厚生労働大臣に、
おめでとうございますと祝辞を申し上げます、たぶん。

皆さん今晩は、石仏の辻のブログ御覧くださって、ありがとうございます。
なんとなく、ホームページからの引っ越しましたが、
ホームページの方も残して置きますので、
この機会に隅から隅までずずずいと見てやってくださいまし、
笑ってスラスラと読めると思います、たぶん。

ヒマな時にホームページの本編石仏の辻を、
ブログ用にボチボチ移し替えようかなとも思ってますので、よろしく。

かつ、その上に、これまたホームページの本日のネタとお知らせに書いた、
ネタの数々を再編集して、ブログ上に再録するという、
なんともエコ時代の申し子の如きの暴挙も予定してますので、よろしく。

「思ってます、予定してます、は役所の言葉では、ほとんどしないということ。実行することとは全然違う」
BY宮崎県の西国原英夫知事

「もし書かなかったら、思っている以上に反発が強い。逆風どころじゃない、頭の毛がなくなるぞ」
BYヒートたけし

「グーグルに育毛とか、植毛とかを打ち込んでみた、ホンマ」
BYタケチャンマン

はじめまして、引っ越しました。



はじめまして、引っ越しました。



はじめまして、引っ越しました。



はじめまして、引っ越しました。



はじめまして、引っ越しました。

あじさいにはじまり、あじさいに終わる、東京都議選



石仏の辻 | Comments(2)
2009/07/01

石仏の辻とはなんだ!

石仏の辻となんだ!



みなさん今日は、タケチャンマンと申します。

石仏(石造遺物)と道、それは人類に残された、
最後の世界的なる文化遺産である、たぶん。

それらには人類の想像を絶する古い石仏、新しい石仏、
古い道、新しい道が待ち受けているに違いない。

これは人類最初の試みではありませんが、
タケチャンマンとしては最初の試みとして、

無期限の調査歩きに旅立ったタケチャンマンの
笑いとロマンと失敗の驚異に満ちた物語である、自信ないけど。




2001年秋   紙モノA4で2枚でスタートする、その後、
                時と場合でA4で4枚とか6枚に増殖。


2003年夏   ホームページをスタートする、紙モノをホームページに変換する?
                その内にホームページがメインになって、紙モノをサボる。

2009年夏   頭出し(リンクと検索)が便利だからとブログに引っ越し、
               コレまた、ホームページからブログ用に変換中でございます(現在)




左手の下の方にある、ブログ内検索の欄に適当な語句を入れてください。
たとえば、イケメンの旦那とか・・・
あくまでも、たとえでございます、決して入れないでください!

検索ボタンを押すと、アラ不思議、石仏の辻の中を検索して、
イケメンの旦那がモニター上に、ズラズラ、ズラリと現れる次第でございます。

コレ、コレ、そこの普通の旦那、藤あや子風の女房と入れたって、出まへんで。
アラジンの魔法のランプとは、ちがいまっせ~

                   
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