2009/11/28

滝坂の道から柳生街道へと その4

滝坂の道から柳生街道へと その4

先日、紅葉を求めて、性懲りもなく、また滝坂の道を歩いてきました、その3

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「暗いけど芳山の二尊仏」に。

興福寺-奈良公園-飛火野の南側を歩く-志賀直哉旧居の前に出てくる-滝坂道-夕日観音(弥勒仏)
-朝日観音(弥勒仏と地蔵仏)-首切り地蔵-地獄谷園地 新池-地獄谷の石窟仏-石切峠-峠の茶屋
-八柱神社-芳山の二尊仏-峠の茶屋-首切り地蔵-滝坂道-春日大社-奈良公園-興福寺

前回からのお話し

幾多の誘惑、困難、災害に遭いながらも、芳山の二尊仏の辿り着いたタケチャンマン。

至宝の時の中に、身も心も捧げるのでありました。

滝坂の道から柳生街道へと その4

世間様では、奈良時代頃とか、平安時代とか、鎌倉時代とか、
あれこれある様でございます。

まあ、わたくし的には、昭和でも平成でも、
ノリピー状態変わりナスと断言いたしましょう、たぶん。

ワインじゃないんですから、安くて旨けりゃOK、やっぱワイン。
これって、仏作って魂入らず、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その4

奈良市   新薬師寺     如来立像

芳山の二尊仏のブラザーと噂されている様でございます。

たしかに、この新薬師寺合コン メンバーの中では異彩を放ってます。

もと地蔵堂にて安置、しかしながら、今は金網の中、諸行無常でございます。

滝坂の道から柳生街道へと その4

地獄の沙汰も金次第は、今も昔も変わらない様でございます。

地蔵堂の前は釈迦堂であったとか、ホンマかいな。
堂前に燦然とそびえ立つ、石灯籠の銘によって伺い知る事ができる、そうです、ナルホド。

興福寺の阿修羅像とエライ、ちがう待遇やないけ~
わたしは釈迦堂の主であるぞよ、と言ったか言わなかったか知りませんけど。

なお新薬師寺の如来立像に逢うのには、7ドル(11/27)ばかしかかりますが。
これって、地獄の沙汰もドル次第、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その4
春日大社

帰り道には、もう、ほんとに、真っ暗毛の毛状態に、

スタート時間がちと遅かった様でございます。

興福寺辺りには、まだまだアリンコが一杯、
失礼いたしました、人々がウヨウヨ徘徊してました。

奈良では珍しいんでありますけどね、暗くなっても人が多いなんて、
若草山の山焼きぐらいなもんでしょう、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その4

カラスが鳴くから帰ろ

滝坂の道から柳生街道へと その4

エンディングテーマが流れて、

紅葉を求めて、性懲りもなく、また滝坂の道を歩いてきました、その3

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「暗いけど芳山の二尊仏」に。

終了でございます、またのお越しをお待ち申し上げております。

青春(人により老春)の想い出に、是非、芳山の二尊仏をお訪ねくださいませ、
甘酸っぱい、初恋の味が脳味噌一杯になって、
耳から溢れ出るでありましょう、たぶん。


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2009/11/26

滝坂の道から柳生街道へと その3

滝坂の道から柳生街道へと その3
地獄谷の石窟仏

正面に如来座像を、
右手に十一面観音、
左手に吉祥薬師像、
東壁面に菩薩型坐像だ僧です。

先日、紅葉を求めて、性懲りもなく、また滝坂の道を歩いてきました、その2

興福寺-奈良公園-飛火野の南側を歩く-志賀直哉旧居の前に出てくる-滝坂道-夕日観音(弥勒仏)
-朝日観音(弥勒仏と地蔵仏)-首切り地蔵-地獄谷園地 新池-地獄谷の石窟仏-石切峠-峠の茶屋
-八柱神社-芳山の二尊仏-峠の茶屋-首切り地蔵-滝坂道-春日大社-奈良公園-興福寺

本日は地獄谷の石窟仏にも次々と見物客が、それも石切峠からの様です。
円成寺経由のハイキングの皆々様のようですね。

いつもはひっそりしてる地獄谷の石窟仏に、
盆と正月が一緒にやって来た訳ですね、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その3

ココ、ココですよ、
三年前、写真右手付近からよじ登って上まで、上がったけど・・・
(みなさんも一回よじ登ってみてくださいませ、チョモランマ征服気分間違いない、たぶん。)

断崖絶壁になってた道は、斜面を一人分削り採り、道が復活してました。

そして、ここを過ぎたら、なんと、またV谷が!当然に橋架かってまんがな。

あのまま、この上を彷徨ったら?
迷子の、迷子の子猫チャン、
歌なんか歌ってる場合では、ございません状態に突入した訳ですね。

三年前の記憶では、この谷はズズ、ズイと続いているはずだったのですが!

いやはや、災い転じて道と成るですね、たぶん。

そんな訳で、三年前のホームページを今一度、

チョイ石仏の辻  V字谷の恐怖

奈良公園、滝坂道の紅葉は殆ど閉幕間際でございました。
そして色づき悪しの感想を心に抱いたのであります、ハイ。

そんな訳で、紅葉撮影はダメダメ状態ですから。
久し振りに 地獄谷の石窟仏を訪問して、 峠の茶屋、芳山の二尊仏へと行こうとしたら、
道が崩れて行けません表示!
当然の如く、その道の崩れっぷりを目撃しようと、
目指すは崩れて通れない道!

そして、その時がやって参りました・・・
見事なる崩れっぷりに、グ~の根も出ませんでした、ホント。

予想通りのあのV字谷のチェーンが付いた場所。
下からよじ登るのは物理的に無理!

絶体絶命のピンチ
戻ろうりましょ~と三歩戻った時に、
対岸の山が、山が、山が、
この山をよじ登って、上を通って下りればアイム ハッピー?
気が付いた時には、V字の谷をよじ登っていたのでございます。

そして、我に返った時に、これって断崖絶壁?
足場が極めて悪いです、
当たり前、それで崖が崩れて、道が崩壊した位だからです。

個人行動は極めて危険と判断して撤退!
上がる時は前に目があるからいいけど、
下る時はお尻に目が無いんですよね、
これがホントの、行きはヨイヨイ、帰りは怖い。
ロッククライミングかいな~はたまたスパイダーマンか?
よくよじ登りましたこの急角度プラス、マムシも居そうな~ズルズル土壌状態。
V字の谷全体が、この辺りの山の、水の通り道なんでしょうか。

生きて無事生還しただけで、めっけもんと言うものでございます、たぶん。
そんな訳で、 地獄谷の石窟仏と再び御対面~アイム ハッピー?

ホームページ  石仏の辻    2006  12/02 から再録、

滝坂の道から柳生街道へと その3

八柱神社からゲート目指して歩けば、

茶畑も畑も自然のまま状態に。

滝坂の道から柳生街道へと その3

芳山の二尊仏

どうですか、みなさん、オバケが出そうな暗い暗い暗い、スギ林を通り抜けて。

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「
暗いけど芳山の二尊仏」に。

ちょうど三時のオルゴール?ゴルフ場からでしょうか?

この時期、もう一時間ばかし早く来ないと、タダでさえ暗いのに、午前中に来るべし。

ちなみに、何回も芳山の二尊仏には来てますが、
芳山のてっぺんには行った事がない・・・
展望がないと聴き、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その3

たった一人で芳山の二尊仏を独り占め、
石仏好きには、なんと、まあゴージャスなる至宝の時の中へと。

さらに、コーヒーでもすすり、長崎カステーラでも食すると、
極楽、極楽と極楽浄土へと旅立つのでございます、たぶん。

「美の石仏・太田古朴」から
奈良時代石仏の研究に、画期的資料を提供したのが芳山石仏の発見であった。
柳生郷土史家杉田定一氏がもたらしたもので、
本著に記載する石仏を収録中(昭和36年12月)のわたしたちは初めて稀有の石仏を眼前にして、
天興の石仏資料として感激し、かつ徘徊立ち去り難く喜びあったものであった。

石仏の大先生の太田古朴さんも、わたくし同様、狂気乱舞極楽状態に陥っていた様でございます。

石造物ならではの、存在感と浮遊感とノリピー感、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その3

マズイですね、段々とノリピー状態になっちゃいますよ、

眺めれば、眺めるほど、眺めちゃいます、たぶん。

なぜか、無性にかっぱえびせんが食べたくなったのでございます。

滝坂の道から柳生街道へと その3

宇宙平和への祈りに間違いないでございましょう、

まだ、まだ、芳山石仏で続きます。


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2009/11/25

滝坂の道から柳生街道へと その2

滝坂の道から柳生街道へと その2

奈良市  飛火野

みなさん今晩は、行政刷旧会議の事業仕分けの連舫です。

コレコレ、メタボな身体にその豪華なちらし弁当は!
「メタボな体質改善の余地は大きい」として、
「豪華なちらし弁当のあり方の見直し」を求めます。

コレコレ、そこの定年後のゴロゴロ亭主は!
「家庭サービス努力が足りない」「小遣いの削減の余地は十分ある」などと指摘します。

みなさん今晩は、ゴロゴロ亭主です。
チョット待ってください!連舫さん、私の話も聴いてください。

エクセルもロクに使えないのに、なんとか定年までこぎ着けたのに・・・
DVDレコーダーどころか、ビデオデッキもロクに使えないのに、なんとか定年までこぎ着けたのに・・・
定年後は邪馬台国は、あ~だ、こ~うだと、うんちく垂れて歩きたかったのに・・・

みなさん今晩は、行政刷旧会議の事業仕分けの連舫です。
すべて、「廃止」です。

みなさんは「廃止」されてませんか?

先日、紅葉を求めて、性懲りもなく、また滝坂の道を歩いてきました。

砂糖に群がるアリンコの如くの興福寺界隈を通り抜けて、
誰も居ない飛火野の中を歩いて、志賀直哉旧居の前に出て滝坂の道へ、滝坂の道へと。

紅葉、紅葉は、紅葉ねえ、紅葉イマイチね。
早いのか、ダメなのか、色に冴えが足りまへん。

まあ、そんな訳で石仏中心の歩きになってしまいました。
三回ばかしに分けて御紹介を。

歩いたコースは、
興福寺-奈良公園-飛火野の南側を歩く-志賀直哉旧居の前に出てくる
-滝坂道-夕日観音(弥勒仏)
-朝日観音(弥勒仏と地蔵仏)-首切り地蔵
-地獄谷園地 新池-地獄谷の石窟仏-石切峠-峠の茶屋-八柱神社
-芳山の二尊仏-峠の茶屋-首切り地蔵-滝坂道-春日大社-奈良公園-興福寺


本日の目玉は芳山の二尊仏、一昨年の五月以来の御訪問、一人ではなんと六年ぶりですか。
興福寺の阿修羅像も良いですが、芳山の二尊仏はもっと良い、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その2

夕日観音(弥勒仏)

下から撮ってます。

登ってくる左手を見てください。

滝坂の道から柳生街道へと その2

夕日観音(弥勒仏)

また、また、よじ登って来ちゃいました。

弥勒さんに涙です。

滝坂の道から柳生街道へと その2

朝日観音  右手上に

滝坂の道から柳生街道へと その2

地獄谷園地 新池  

紅葉時期後半の夕陽を浴びてる姿が最高です。

例年なら11月から12月頃が、

滝坂の道から柳生街道へと その2

どこで、どうなったのか、葉っぱの裏側に、

滝坂の道から柳生街道へと その2

鏡の様に写る紅葉が、

続きます


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2009/11/22

花之木キャンディーズ

花之木キャンディーズ

三重県  伊賀市  大内       花之木三尊磨崖仏(岩根の磨崖仏)   徳治元年(1306)

花之木キャンディーズ



花之木キャンディーズ



花之木キャンディーズ

時は徳治元年、場所は花之木小学校グランドに設けられた特設後楽園球場、たぶん。

「普通の仏に戻りたい!」と言う事で、
花之木キャンディーズこと花之木三尊磨崖仏の解散コンサートが、
盛大に催されたのでございます。

そして、セロニアス・モンクも絶賛したあの名文句が放たれたのでございます。
「本当に私たちは、幸せでした!!」

そんなわけで700年後に訪れた時は、雪が降ったり、逆光時の夕方だったわけでです。
皆様方は、今本当におしあわせですか?
むかしは良かったの中で生きるしか無い、わたくしめでございます、たぶん。


三重 | Comments(0)
2009/11/17

邑地町は今日も雪だった


邑地町は今日も雪だった
奈良市  邑地町

邑地町は今日も雪だった

雪が降る、石仏の上に、雪が降る、あなたは来ない、

雪が降る、石仏の上に、雪が降る、あなたは降って来ない、

邑地町は今日も雪だった

中央ずっと左手の雪がかかって無い所に、地蔵様が。

邑地町は今日も雪だった

地蔵磨崖仏

邑地町は今日も雪だった
 
皆様方御元気だったでしょうか、一週間の御無沙汰でした。
司会の積もった雪でございます。
主要7カ国冷凍相・中央ギョーザ会議(Gyo7)ではなくって、
司会の積もった雪でございます、
御間違い無い様に御願い申し上げます。

若奥様方御元気だったでしょうか、
無性に冷凍ギョーザが食べたくなる日々を送っている私でございます。
そして、かろうじて、冷凍えびシュウマイで気を紛らしている本日、
ひさしゅうの青空が目に眩しゅうございます。

ホームページ  石仏の辻    2008  2/13 から再録なおかつお色直し、

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏から大和高原を訪ねた時にアチコチへ、
この秋も訪ねました
当時は疑惑の冷凍ギョーザ問題が勃発してた様でございます。

そして、日木政府と中口政府のあうんの呼吸でウヤムヤに、
普天門移籍問題もガス抜きして、ウヤムヤでしょうか、
日木国民はウヤムヤが大好きです、たぶん。


大和高原・柳生 | Comments(0)
2009/11/15

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏


大神田の不動・阿弥陀磨崖仏
京都府  相楽郡  笠置町  大神田        不動・阿弥陀磨崖仏  像高 60   室町後期

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏
念願叶って、御対面でございます、

こりゃあ、Duke Ellington & John Coltrane 1962年  デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン、
でんな~と感じたしだいであります。
このLPはインパルス! レコードのプロデューサー発案の企画だったそうです、
当時としては極めて格式の高いイロ物企画だったんですね、たぶん。
今ならさしずめ、都はるみ&倖田來未と言うところでございましょうか。

しかし、笠置山山中に都はるみ様&倖田來未様が彫ってあったら、
薄暗い中、御対面~したら、正直ビビリますよね、ほんま。
あ~お不動さんと阿弥陀様で良かったと・・・他意はありまへん~たぶん~

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

所々に、大きな石がゴロン、ゴロリンの中、
ココの石に、ココ彫れワンワン状態で、足場組んで、コツコツと、たぶん。

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

道無き道を谷に沿って下ると、小さいながらの砂防ダムが、
だんだん雪も積もってまいりました。

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

ようやく東山墓地への辻に到着、
笠置寺からは、ココへ下って、
東山墓地へは、また登りへと。

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

ココにも地蔵磨崖仏が、

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

雪見大福の様な地蔵磨崖仏

大神田の不動・阿弥陀磨崖仏

笠置寺を経て、大神田への別の道を辿って、
1時間後にアイルビーバック 、
辺りには子供の頃、風呂上がりに付けた天花粉の如くの風景になってました。

ホームページ  石仏の辻    2008  2/13 から再録なおかつお色直し、


この秋も訪ねた不動・阿弥陀磨崖仏、インパクト大です。
不動と阿弥陀のペア、そして、このロケーション、
役者は揃った、監督はクロサワかタケシか、たぶん。

関西の石仏ファンなら一度は訪れる笠置寺の磨崖仏。
ついででけっこうですから、
東山墓地に大神田の不動・阿弥陀磨崖仏もお訪ねくださいませ。


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/14

南山城 Vol.001

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「観音坂の十一観音石仏」に。
先日、Tさんと笠置町の観音坂の十一観音石仏を訪れました。

笠置町と言えば笠置寺の磨崖仏が有名でありますが、
本日は笠置町のマドンナこと観音坂の十一観音石仏さんに逢いにやって参りました。
本に書かれた地図に文章を参考に、アチコチの皆々様にお教えを乞うて。

2009 南山城
京都府 相楽郡 笠置町

なんか最初、こんな所まで来ちゃいましたけど、ここには道は無し。
完全に間違えの道、いや道はありませんでしたが、進めば道、たぶん。

2009 南山城

来た道を戻って出直し、
右手の山が磨崖仏の笠置山。
手前えと歩いていくと観音坂へと。

 2009 南山城

歩いて、いや登って、階段状の登山道を納得の観音坂。
登りが一息ついたら現れた十一観音石仏、
もっと上かと思っていただけに、あっけなく御対面でございます。
小柄な観音さんがニッコリと微笑んでくれました、ホンマ。

2009 南山城

十一観音さんの前には、給付金程の広さの広場が、いや、いや狭場がに訂正いたします。
南山城の石仏 上 によると、長谷寺型の十一観音さん、 天文の頃と推定と。

ほとんど今も知られていない仏様ですが、皆さんも是非逢いに行ってくださいませ、
観音坂の十一観音石仏さんに逢いに来ましたと、近所の人に尋ねれば、
指名料無しの明瞭会計で、どなたも極楽浄土へと旅立つことが出来るでありましょう、個人差有り。
まだまだTさんとの旅は続くのでありました。

ホームページ  石仏の辻    2009   4/23  南山城 Vol.001  から再録なおかつお色直し、

観音坂の十一観音石仏さん小さくしか見えませんので、

2009 南山城

改めて観音坂の十一観音石仏を、
観音坂を越えれば下狭川へと道は続いていたようですが、
今はゴルフ場が行き手を遮っている様でございます。
宝山寺への道、荒池道(八丁門峠)越え参道と同じパターンのようです。


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/13

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た! vol.3


2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
京都府 和束町 撰原 撰原峠子安地蔵尊 文永四年(1267)

はあ~るば~る来たぜ~「函館ではなっくって、撰原の阿弥陀石仏」に。

始めて訪れた10年前は夕暮れ迫る中、加茂駅からトボトボと歩いて訪ねた撰原。
この地蔵さん逢いたさにやって来た撰原。

2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
京都府 和束町 撰原      阿弥陀石仏  鎌倉時代   中央の岩に側面写真ですが!

して今回三度目の撰原入りは、阿弥陀石仏さんに逢いにやって参りました。

2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
うつぶせ阿弥陀状態になっています。

後ろ木の成長により、コウベを垂れる阿弥陀かな状態。

2008 茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

この前は旧道になっていた様な、今は誰も来ないままに、
撰原のバス停から上がって左へとカーブする道の下に。
700年ばかし毎日、まいにち、マイニチ、道に積もる枯れ葉を眺めて、
こんなに大きく(小さい)育ったのでしょうか、たぶん。

ホームページ  石仏の辻    2009  5/6  南山城   Vol.002  から再録なおかつお色直し、

今の道は近代のモノではないでしょうか、
たぶん。
鎌倉時代は、この阿弥陀の前を通り、撰原へと続いていたかと?

当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/12

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た! vol.2

はあ~るば~る来たぜ~「函館ではなっくって、和束」に。
先日、ウォームス三姉妹で和束を訪れました。

JR加茂駅-バス停 和束山の家-杣田-和束弥勒磨崖仏-撰原-下島-石寺
-霊性寺-奥畑-口畑-仏生寺-岩脇-JR加茂駅


茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

それは、それは、それは、だいぶむかしに三上山を訪れた時の遠望。
左手下が撰原だと推測しますが、どないでしょうか?

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

下島の墓地にて
そのまんまが素敵です~

撰原から下島への道が、とても素敵、
クネ、クネと家々を辿り、
茶畑、墓地を左に右に眺めて歩けば、やがて下島へと。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

空輪と阿弥陀のコラボレーション

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

矢田型地蔵がこの地に

船型の絞り込まれたウエスト・ラインが流行の最先端だったのか?
コーク・ボトルはココからヒントを得たに違い無い、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

一石五輪がさりげなく、チラホラと、

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

下島  円福寺


茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

口畑方面を

茶畑の中の日陰にて、コーヒータイム。
地図上の169.3手前付近だと推測(人間GPS使用)
当日は秋なのに~暑いのなんのって、
茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

傾きつつある陽を浴びて、気分は出江泰吉で撮影、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

木津川が赤く染まる頃、

実にナイスな道、そして、てんこ盛りの思わぬ石仏との出逢い。
このコースはホンの一例でございます。
歩き人なら、加茂、和束駆けめぐってくださいませ。
海住山寺から三上山へ、行けるようですね。
コレは是非、ウォームス四姉妹で歩かねば行けませんね。


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/11

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た! vol.1

はあ~るば~る来たぜ~「函館ではなっくって、和束」に。

先日、ウォームス三姉妹で和束を訪れました。

JR加茂駅-バス停 和束山の家-杣田-和束弥勒磨崖仏-撰原-下島
-石寺-霊性寺-奥畑-口畑-仏生寺-岩脇-JR加茂駅

茶畑に始まり、茶畑で終わる、磨崖仏に始まり、木津川で終わる旅。
この道、どえりゃあ、ええでなも~
近日、ウォーキング娘にて全国ロードショー

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
京都府 相楽郡 和束町

これは、なんじゃらホイ。
石仏のヨーロッパ風アパートメントか、
正面には大きめな地蔵が鎮座する。
ひょっとしてココが、シルクロードの終着点なのか、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!
和束弥勒磨崖仏      鎌倉後期 正安二年 (1300)

草茫々で磨崖仏まで辿り着けず、
対岸から見てます~
光線具合最悪時に到着、これも何かの縁か、たぶん。

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

以前、訪ねた時の弥勒さん
対岸から見る方がビューティフル、たぶん。
 
茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

怪しげな光線を放つウォームス二姉妹が。
子安地蔵の裏手から、北西方面を眺めて、 鷲峰山(じゅうぶさん)はどこ?

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

撰原峠に子安地蔵   鎌倉後期  文永四年 (1267)

茶畑の撰原峠に子安地蔵を見た!

私としては三度目の御対面。
圧倒的なる存在感の峠の地蔵。

七廻峠の受け取り地蔵か、撰原峠の子安地蔵
天下分け目の峠の地蔵だ~たぶん。

撰原峠を下る三姉妹に明日はあるのか?
次週の立つんだ、立つんだ、ジョーを乞う御期待アレ!


当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2009/11/05

滝坂の道から柳生街道へと その1

はあ~るば~る来たぜ~「函館ではなっくって、滝坂の道」に。

先日に、SZ会で滝坂の道を訪ねて参りました。
毎年一、二回は歩いてる滝坂の道ではありますが、今年はお初。
12月も歩く予定になってますから、帳尻が合いますね、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その1
三体地蔵    奈良市 高畑町

いつ行っても暗い、暗い、暗い、カメラのピントも外しやすいです、
四体磨崖仏  寝仏はここから破門されたと噂されてるそうです。
まあ世間では良くある、権力闘争の果てに蹴落とされたそうな、たぶん。

けっこう、皆様方、目の前にあるのに気が付かないのでありませんか。
夕日観音に登る道のスグ上に。
岩か、仏か、岩か、仏か状態二歩手前でしょうか、

滝坂の道から柳生街道へと その1
夕日観音(弥勒如来)  鎌倉時代

行きは良い良い、帰りが怖い登り道を辿れば、
滝坂の道からも眺める事ができます、夕陽時御覧あれ、
たぶん、関係者がうまいこと樹木をカットしてると推測。

滝坂の道から柳生街道へと その1

ホントに眺めれば、眺めるほど、出汁の出るお顔ではござらんか、たぶん。

滝坂の道から柳生街道へと その1

滝坂地蔵  鎌倉時代

こちらは、樹木が育ち待遇が(手入れが)悪くなりつつある地蔵さま、
大和ゴキブリの如く、45°の傾斜をカサコソよじ登って、
地蔵さまのお顔を御拝見いたしましょう。
なかなかの顔立ちではございませんか。

滝坂の道から柳生街道へと その1

朝日観音(弥勒仏と地蔵仏 文永二年 1265)

滝坂の道から柳生街道へと その1

文字通りの滝坂の看板娘(弥勒仏と地蔵ですが)
朝方に御覧になった人は、お手をお上げ下さ

滝坂の道から柳生街道へと その1
阿弥陀磨崖仏 室町時代

見事なる苔っぷりです。

滝坂の道から柳生街道へと その1
春日山石窟仏(穴仏)    地蔵菩薩立像

まるで日本の経済状態そのまんまの崩壊ぶりでございます。

滝坂の道から柳生街道へと その1

菩薩形立像

滝坂の道から柳生街道へと その1

金剛界五仏

滝坂の道から柳生街道へと その1


滝坂の道から柳生街道へと その1

春日山石窟仏(穴仏)   手前から大雨が降り始め、土砂降りでんがな、
SZ会、ココにて一件落着と相成りました。
後は紅葉はまだよの道を帰りました、

ホームページ 石仏の辻   柳生街道 滝坂道 芳山への道  も御覧くださいませ。


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