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2010/02/27

東路日記の旅 一回目 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

東路日記の旅 一回目  奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて


先日、古道紀行の小田宅子『東路日記』の旅を再現する 
第一回目  奈良街道 ―追分梅林から尼ケ辻をこえて― に行って参りました。

本日のコース
南生駒駅-小瀬-榁の木峠-追分梅林-砂茶屋-尼ケ辻-平城京跡-近鉄西大寺駅

ようやく寒さも控えめになった日に、
南生駒駅をスタートして、スグに酒造り300年の菊司にピット イン!
早くもタイヤ交換か?まさかチョイ飲みか、旨い!旨い!二銘柄だけ!

お土産を買い込んだ、古道紀行御一行様は、榁の木峠そして途中またもやパン屋さんへピットインして、
矢田丘陵を越えて追分梅林へと。

まだ、ちっと早い梅の下で御昼御飯。
またまた、先生からコーヒーのブランデーをいただきました。

梅酒用ブランデーにコーヒー豆を入れるだけだそうです、
まろやかな舌触りのお酒が味あえます。



東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

追分梅林



東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

朱雀門    平城京跡




東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

東大阪市  出雲井町     地蔵 高さ157 像高104   鎌倉後期


今日は奈良街道を歩きました御縁で、
奈良街道沿いのチョイ古石仏紹介を。

高麗橋、玉造稲荷神社から奈良街道を歩けば、やがて生駒山にぶち当たります。

その生駒山下の近鉄 枚岡駅近くのお堂の中に、

A型ウィルス用赤マスクかと最初思いましたが・・・

ここから、急なる暗峠への道へと。

有名なR308ですね。




東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

 生駒市 中畑町     標高455の暗峠             峠の地蔵       文永の銘あり

ジャイアント馬場選手似の地蔵さん、たぶん。




東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

生駒市  萩原町   応願寺        地蔵石仏 鎌倉時代 永仁二年(1294)

箱入り娘状態で大切にされてます。




東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

奈良市 尼ヶ辻北町      阿弥陀石仏  鎌倉時代

グラマラスなる肢体の阿弥陀様

極楽往生間違いなし、たぶん。

お堂建設中に御邪魔した時でラッキー




東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて





東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて

奈良市 四条大路        地蔵石仏    文永2年(1265)

線香焼け(黒岩硬質石材)と言う事でしょうか。

ディス イズ ア ペンならぬ、ディス イズ ア カマクラ ジゾウ



東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて


眺めてるだけでも、三杯お代わりいけそうですね。




東路日記の旅 奈良街道 追分梅林から尼ケ辻をこえて


どうですか、隅々まで行き届いた、曲線(R)の処理

興福寺に阿修羅像あれば、尼ヶ辻地蔵堂に地蔵石仏あり、

こちら無料!待ち時間無し!持ってけドロボー

持ってかないでね・・・

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古道紀行・おおばこ | Comments(7)
2010/02/23

奈良県 奈良市 中ノ川町 その3

奈良県 奈良市 中ノ川町 その3


はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「中ノ川町」に。

先日、SZ会で中ノ川町の石仏見学して参りました。


本日のコース
バス停 下中ノ川-中ノ川墓地-中ノ川-中ノ川寺 成身院跡-バス停横地蔵堂
-共同墓地-三社神社-旧伊勢街道沿い-浄水場-豆比古神社 



奈良県 奈良市 中ノ川町

奈良県  奈良市  中ノ川町                 共同墓地     五輪塔   鎌倉時代


三社神社から上がれば、共同墓地へと、

さらに進めば浄瑠璃寺へ、そして奥の院(未歩)の山道へと。



奈良県 奈良市 中ノ川町

共同墓地          方柱状彫込五輪塔婆       室町時代

これは、めずらしい、五輪塔が四方八方に・・・

室町時代のレギンス・ファッションか、たぶん。



奈良県 奈良市 中ノ川町

共同墓地            船形五輪塔       天正2年



奈良県 奈良市 中ノ川町

共同墓地            船形五輪塔          慶長17年

五輪塔ファッションが花咲く、中ノ川共同墓地お寄り下さいませ。




奈良県 奈良市 中ノ川町

2007年4月  撮影         これって、目の前に「にんじん」ぶら下げられた様なもんですね、念がハイって、にんじん色。
                                       私は、左手の道を歩いて、ココへ。

中ノ川バス停で降りて、おかげに御挨拶して、共同墓地 経由の、

浄瑠璃寺・奥の院(未歩)の山道へと、探索されてはいかがでしょうか(このコースも楽しいで)

撮影から、かれこれ3年、蛇が出るか、整備されて綺麗な道なのか?

奥の院のワレモノ不動への最短の道かと、たぶん。



奈良県 奈良市 中ノ川町
 

享保の想い




奈良県 奈良市 中ノ川町

豆比古神社(ならづひこ)                多聞天 





奈良県 奈良市 中ノ川町

豆比古神社         多聞天      室町時代

これまた、珍しい毘沙門天




奈良県 奈良市 中ノ川町

新薬師寺          多聞天(毘沙門天)    室町時代

微妙にデザインがちがうのか、新薬師寺の毘沙門天、

多聞山毘沙門堂への町石かもだそうです。


けっこう、中ノ川町を見逃してる方が多いのでありませんか。

チョ~有名な当尾はお隣です、あなたも歩きませんか。





大和高原・柳生 | Comments(0)
2010/02/12

奈良県 奈良市 中ノ川町 その2

奈良県 奈良市 中ノ川町 その2


はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「中ノ川町」に。

先日、SZ会で中ノ川町の石仏見学して参りました。


本日のコース
バス停 下中ノ川-中ノ川墓地-中ノ川-中ノ川寺 成身院跡-バス停横地蔵堂
-共同墓地-三社神社-旧伊勢街道沿い-浄水場-豆比古神社 



奈良県 奈良市 中ノ川町

奈良県  奈良市  中ノ川町        中ノ川辻堂  地蔵石仏     永正14年(1517)


皆さんもバスの中から見た事があるのでありませんか?

中ノ川町のマスコット的存在してます。




奈良県 奈良市 中ノ川町

中ノ川辻堂





奈良県 奈良市 中ノ川町

中ノ川辻堂





奈良県 奈良市 中ノ川町

三社神社     おかげ石灯籠   天保二年二月吉日

 
おかげ、おかげの爆発的なる大ブームなる伊勢参り!

今ならエコポイントで買おう液晶TVでっか?
いや、いや、それは大夫違う!
去年流行った阿修羅像を見て参ろうブームでしょうか?

やっぱし、トドメは浦安の東京ディズニーランド参りですね。

私は外から見ただけで、一度たりとも入った事が無いんですけど、浦安東京ディズニーラン

赤福餅が食べたくなった所で続きます。




大和高原・柳生 | Comments(0)
2010/02/11

奈良県 奈良市 中ノ川町 その1

奈良県 奈良市 中ノ川町 その1


はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「中ノ川町」に。

先日、SZ会で中ノ川町の石仏見学して参りました。


本日のコース
バス停 下中ノ川-中ノ川墓地-中ノ川-中ノ川寺 成身院跡-バス停横地蔵堂
-共同墓地-三社」神社-旧伊勢街道沿い-浄水場-豆比古神社




奈良県 奈良市 中ノ川町

奈良県  奈良市  中ノ川町         バス停下中ノ川脇   中ノ川墓地


バス停スグ下に、見てのとうりの素っ気ない程の自然さの中で、

たしか十年前に訪れた時と、まったく寸分違わずの様な気が、あくまでも、ですが。




奈良県 奈良市 中ノ川町



狭いながらも我が家。




奈良県 奈良市 中ノ川町

バス停脇  中ノ川墓地        地蔵石仏   大永四年(1524)





奈良県 奈良市 中ノ川町

バス停脇  中ノ川墓地

脇役も最高ですね、この箱入り地蔵もナイス、

錫杖と顔の大きさのバランスが何とも言えない豊穣なる香りを醸し出してくれてます。

寝ころがってるのは、十九夜講碑  寛政四年





奈良県 奈良市 中ノ川町

バス停脇  中ノ川墓地





奈良県 奈良市 中ノ川町

中ノ川寺 成身院跡      五輪塔   鎌倉時代


バス道から脇へと入れば、

ステージ上にスポットライトを浴びて、今は静けさだけが待ってます。

中ノ川寺 成身院を開いた実範上人の廟塔と伝えられているそうです

どうですか「平城遷都1300年」にふさわしい、
質素なる素晴らしきな美しきかな、石造遺物の数々、続きます。





大和高原・柳生 | Comments(0)
2010/02/10

鹿背山不動と三條会館の弥勒菩薩像

鹿背山不動と三條会館の弥勒菩薩像


はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「 鹿背山不動」に。

久々の石仏オンリー紹介でございます。

先日ウォーキング娘で訪れた鹿背山不動の不動石仏は現在、
ほとんどお堂の奥深く埋蔵された状態となってます。

小沢二郎さんの生け贄となった石州衆院議員のごとく、
誰かの身代わりで入ってるのかは定かでございませんが。

そんなある日、あるルートから兄ちゃん、いい写真あるけど買わへんかと言われて、
タダで?手に入れた写真を恥ずかしながら、皆さんに公開いたします。


鹿背山不動と三條会館の弥勒菩薩像




鹿背山不動と三條会館の弥勒菩薩像


不動石仏    磨崖仏   像高45

建武元年11月21日(1334)  大工末次の銘があり。

末次と来ると、巨人最強の5番バッターと言われた、あの末次か?
はたまた、あの石工最強ブランドの伊ブラザーズか?




鹿背山不動と三條会館の弥勒菩薩像




鹿背山不動と三條会館の弥勒菩薩像

奈良市  三條会館    お堂の中に、石造浮彫弥勒菩薩像が。

元亨二年五月日 (1322) 石工末次 の銘があり。

R使いが特徴でしょうか。

はたして伊ブラザーズなのか、謎が謎を呼び、
奈良地検特捜部もまだ事実を把握してない様でございます。






京都 | Comments(0)
2010/02/06

旧道ながさか道から当尾へと その2

旧道ながさか道から当尾へと その2


はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「旧道ながさか道から当尾へと」に。

「旧道ながさか道」この甘美なる言葉の響きに魅せられて、
どれくらいたったのでしょうか。

どれくらいも、これくらいも、本日知ったんですけどね、
JR加茂駅にある観光案内地図で、ほんま。


本日のコース
JR大和路線/・加茂駅ー草畑ー旧道ながさか道ー北下出ー森八幡宮ーずんど坊笠塔婆・鎌倉後期
ー青地蔵・室町時代ー赤地蔵 永禄八年(1565)ー勝風墓地・迎え地蔵 元亀二年(1571)
ー大畑大福寺・地蔵石仏 室町中期 永享十三年(1441)ーバス停・大畑口ー岩船寺
ーわ らい仏・阿弥陀三尊磨崖仏・末行の銘ー藪の中三仏磨崖ー大門石仏(年齢不詳)
ー西小ー上梅谷ーバス停・青山住宅



旧道ながさか道から当尾へと

旧道ながさか道の入り口



そうですか以前歩いた道は、くぬぎ古道と言うんですか。

目指すは森八幡宮とずんど坊笠塔婆への最短の道、
なおかつ、ナイスな道、それが
旧道ながさか道と。

私の頭の中の台本には、そう書かれていたのでございました。
歩いた事もない道なのに、朝青龍が引退したのに。

思いこみとは恐ろしいものです、
若気の至りとは恐ろしいものです。

あっ!今、隣のダンナの顔をジロリと見た、ソコの若奥さん(老奥さんでもOK)

私と一緒に旧道ながさか道を歩こうではありませんか、
そして、すべて水に流しましょう、
そうですか、ダメですか、やっぱし、
ダメですか、たぶん。


そんな、ボケをかましてる間に、旧道ながさか道の入り口に到着、
灯明寺山のハイキング コースも兼ねてるようです。




旧道ながさか道から当尾へと


右手に小川を見て、落ち葉を踏みしめて、
台本どうりのナイスな道。


旧道ながさか道から当尾へと


やがて、小川が右手へと別れると、
目前は雑草の山々が、オイオイです、微かに突入口らしきモノがありましたが、

まだ、ましな空間が残る小川に沿って、しばらく進むと水田が、
ホントにヤレヤレです。

しかし、地図では雑草の山々が旧道ながさか道だと思うんですが、
ブルータスお前もか、あんまし歩いてまへんのこの道・・・

ここのブロックだけですが、
ここだけの私の感想ですが、加茂町自体この道プッシュして無いミエミエでございます。




旧道ながさか道から当尾へと



どうですか皆さん、加茂駅から歩け歩け会系の方なら40分ちょっとばかしで、
この光景を目にする事ができるでありましょう。

稲刈りが終わった後が残念ですが、
田植え時期を思うと、ついつい妄想してしまう私めでございます。




旧道ながさか道から当尾へと


正しく由緒正しき旧道ながさか道らしい、なだらかな坂道が、
私を北下手へと導くのでございました。


旧道ながさか道から当尾へと その3へと続くのであります。


青山住宅にはいつになったら到着するのか、桜咲く頃まで引っ張るのか?




当尾・笠置・南山城 | Comments(0)
2010/02/05

ウォームス 041 鹿背山(かせやま)城跡と大仏鉄道跡 跡跡コンビで

ウォームス 041 鹿背山(かせやま)城跡と大仏鉄道跡 跡跡コンビで


先日、ウォーキング娘、第40回 鹿背山(かせやま)城跡と大仏鉄道跡 跡跡コンビで、が盛大に催されました。

本日のコース
JR大和路線 木津駅-畑-峠-鹿背山-西念寺T-鹿背山(かせやま)城跡 -鹿背山不動(昼食)T
-赤橋-梶ヶ谷トンネル-鹿背山アバット(橋台)-観音寺アバット-観音寺-大野-出屋敷-JR大和路線 加茂駅


雨がポツリ、ポツリの空の下に集合した人数は、
朝青龍引退記者会見の記者さん程ではありませんでしたが。

好き者、総勢24人、皆さんの大仏鉄道への関心度はハンパではございません。

大仏鉄道とは、なんぞえや?
そんなお人は下のリンクから、ナルホド~と唸ってくださいませ。

大仏鉄道研究会公式ホームページ 

奈良、時々京都: 「大仏鉄道」廃線跡を歩く 

2009-12-04  大仏鉄道探索のこと 平成の現実編

私達は大仏鉄道跡を見た!最後のホモサピエンスになったのかもしれませんね、諸行無常でございます。




2021 ウォームス41 大仏鉄道

鹿背山(かせやま)城跡



2021 ウォームス41 大仏鉄道

しょべんたれ地蔵    鎌倉後期



2021 ウォームス41 大仏鉄道

春日のおばはん(地蔵)    室町時代



2021 ウォームス41 大仏鉄道

赤橋



2021 ウォームス41 大仏鉄道

梶ヶ谷トンネル


2021 ウォームス41 大仏鉄道

観音寺    この頃、雨は本降りへと。



2021 ウォームス41 大仏鉄道

観音寺




2021 ウォームス41 大仏鉄道

観音寺


幸い昼食までは雨もチラホラですんでヤレヤレでございました。

このコース、石仏もアチコチに黄金小判のごとし、
城跡あれば大仏鉄道跡も、そして山里香りがプンプンと匂っております。

UR都市再生機構は暴走機関車となって暴れ回り続けるのでしょうか?
住む人の居ない更地だけが残り、人々の思いと想いが捨てられるのか。



ウォーキング娘 | Comments(0)
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