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2012/07/31

013 歩く・石仏の辻 円成寺から地獄谷経由の滝坂道 その1

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道
忍辱山(にんにくせん)円成寺

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「円成寺から地獄谷経由の滝坂道」に。

皆様方この暑さの中お元気でしょうか。
ヤボですね、ほとんどの方は、元気じゃないと思いますが。
ポッケ~とオリンピックを眺めるのが精一杯でしょうか。
ジュリーが銀メダル取ったら、トッポが抗議して、
ショーケンがインド選手団の先頭を歩いていたという場面でしょうか!?

そんな暑さの中を歩く・石仏の辻の下見に行って参りました。
まあ、何回も歩いている道で下見に行かなくてもと思いましたが。
ひょっとして、峠茶屋にオスプレイが墜落してるかもしれないし、
地獄谷に突如、尖閣諸島が出現してるかもしれないしね、
皆様方の安全確保の為に歩いてきました、キッパリ!

第13回 8月26日 第4日曜日
円成寺から地獄谷経由の滝坂道(奈良県・奈良市)
暑いから、ほとんど木陰コース歩きます。

集合:バス停 忍辱山、下のバスにお乗りください。
JR奈良駅 バスのりば6番  系統番号94 石打行き9:37発 忍辱山下車 650円
近鉄奈良駅 バスのりば4番  系統番号94 石打行き9:40発 忍辱山下車 650円


行程:バス停・忍辱山-円成寺-東海自然歩道-上誓多林T-峠茶屋
           -地獄谷石窟仏-新池-滝坂の道-近鉄奈良駅

距離:約10㎞   高低差:300m・下り道   国土地理院1/25000:奈良 柳生
難度:山歩きハイキング

6月、7月とウォーキング娘に歩く・石仏の辻はお休みでしたので、
ひさしゅうの歩く・石仏の辻。
26日にはすっかり涼しくなってると思いますので(根拠無し、裏づけ無しですが)
上にも書いてありますが、ほとんど木陰コースですから安心して御参加くださいませ。
でも、暑いのはどこも一緒ですけどね、
どうせ暑いのなら、歩かなきゃソン、そん、損。
歩いた後は、みんなで楽しくビール飲みましょ(本音)

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道
円成寺   十三重塔  平安後期の作風とか

平安時代から何回、何十回倒れたことやら。
冷遇されてます~

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

忍辱山墓地
円成寺からスグの

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

七体仏  元亀二年(1571)   
七体の阿弥陀坐像を半肉彫りしてあります。
左右六体横にネームが入っているそうです。

掃除をしてたおばあちゃんが、ココの道を造った時に出てきた石仏だそうです。
それまでは道らしい道は無かったとか。
沢山の石仏が埋まってたそうな。
どれくらい昔なのかは、戦後頃ですか訊いたら、もうちょっと新しいニュアンス。

村中掘り起こしたら、どこからも地蔵様がワンサカ、ワンサカと掘り出されるそうです。
この辺りほとんど寺だったそうな~

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

九阿弥陀石仏  元禄元年 (1688)

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

五輪塔、元亨元年(1321)
大和系の複弁式反花座と二重の基壇を設けてます。
ゴージャスな五輪塔です。

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

地蔵石仏   天文六年 (1537)

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道


013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

笠石仏    南北朝か、
私もけっこう歩いてて、見逃すこと多しの地蔵さん、
笠とのバランスがなんとも絶妙なる・・・

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道


013円成寺から地獄谷経由の滝坂道


013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

おかげ石燈籠      天保元年(1830)
大慈仙(だいじせん)村と誓多林(せたりん)村が建立

現代のお陰参りは、TVでロンドン・オリンピックを見ることかな~

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

茶畑にそそり立つは、
地蔵石仏    南北朝時代とか

013円成寺から地獄谷経由の滝坂道

如意輪観音石仏 文化十一年(1814)
満福寺にあるものと四年違いの十九夜塔です。
大和高原には十九夜塔がよく見られます。
かあちゃんも強かったのかな~

柳生街道、東海自然歩道、滝坂道と歩いてますが、
なんか久しぶりに石仏紹介してます。

その2に続きます。

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歩く・石仏の辻 | Comments(2)
2012/07/27

佐吉 善光寺三尊石仏

善光寺三尊石仏

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「佐吉 善光寺三尊石仏」に。
先日、佐吉ファン数名にて宇陀市のお宅を訪問し、
「佐吉 善光寺三尊石仏」に逢って参りました。

御主人、奥様に大変御世話になりました。
この場をお借り致しましてお礼申し上げます。
ありがとうございました。

善光寺三尊石仏

嘉永から安政にかけての平井太師山頃の作品とか。

善光寺三尊石仏

身近で見る佐吉、マクロで見る佐吉でしょうか。

善光寺三尊石仏

高さ40センチばかし、

善光寺三尊石仏   
佐吉と言うと狛犬が有名ですが、
仏も佐吉。

善光寺三尊石仏 
面長でホッペの丸みが、
亡き母の面影か、
別れた妹の面影なのか。

善光寺三尊石仏

佐吉の想い、

善光寺三尊石仏

佐吉の後ろ姿、
明日に向かって歩き去った佐吉。


丹波の佐吉 | Comments(4)
2012/07/13

暗峠道 地蔵変幻


暗峠道 地蔵変幻
応願寺  地蔵  永仁二年(1294)    生駒市  萩尾

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「暗峠道」に。

皆様方今晩はです、来ましたね蒸し蒸しの蒸しの季節が、
真夏も目の前でしょうか。
生駒山もすっかりと水膨れ状態となってます。

先日、噂した応願寺の地蔵さんは、初代の榁木峠地蔵だった!
昭和38年発行の大和の石佛  太田古朴さんに、衝撃の告白!
この本二上山人が貸してくれたんですけど、
ぺらぺらとページを捲ってると、ホンマかいな!
知ってる人は知ってるというオチなんでしょうか?
応願寺  地蔵  永仁二年(1294)  のパチモンとして製作したとか。

暗峠道 地蔵変幻
榁木峠のお地蔵さん    大和郡山市  矢田町

似てますか?
そう言えば~ですか~

自民党と民主党みたいなもんなんすかね~
えっ!そんな事いったら、伊行氏さんが怒りますでしょうか。

暗峠道 地蔵変幻 

ちなみに応願寺(萩原) 地蔵様は、
石仏寺(藤尾)と同じ伊行氏(いのゆきうじ)作ではないかと、
若奥様達の中で噂になっているとかです。

なる程、この肌触りが伊行氏
様と一緒と言う事なんでしょうか!?
このタップリとしたR(カーブ)の処理とグラマラスなボディーが、
伊ファミリーのツボか、たぶん。

暗峠道 地蔵変幻


暗峠道 地蔵変幻

ちなみに石仏寺 阿弥陀三尊石仏の秘仏は今も続行中なのでしょうか?
私は二回お逢いしましたが、皆様方も是非!
予約すれば拝観できると思います(大人の事情にて)

生駒市デジタル ミュージアムでチラミセしてます。

暗峠道 地蔵変幻
尼ヶ辻地蔵石仏  縁切り地蔵     鎌倉中期文永二年(1265)
奈良市 尼が辻町
ついでと言っちゃあなんですが、暗峠道なじみで、
どこから見ても、ミスター鎌倉地蔵ですね。

暗峠道 地蔵変幻


暗峠道 地蔵変幻
阿弥陀石仏   鎌倉末期              奈良市 尼が辻町

タラコ口で有名な石原さとみ嬢似でしょうか、

暗峠道 地蔵変幻

旧奈良暗越街道を行き交う人々は、地蔵に阿弥陀と正にW効果で道中安全をば。

地蔵変幻
藤尾峠の阿弥陀石仏 文永七年(1270)

近年リフレッシュされたお肌はどうですか、
前の方が良い様な気がしますが。

暗峠道 地蔵変幻
峠の地蔵  文永年間

またの名を暗峠のフランケン地蔵
創立当時の晴れ姿を見たいモノですが、

ここから鬼取山への道が、
鬼取山で写経したのが12世紀末から15年間だそうですから、
まだこの地蔵様も暗峠にはそびえ立っては居なっかた訳ですね。

どうですか旧奈良暗越街道にそびえ立つ1200年代の鎌倉時代の石仏の競演は。

生駒・矢田丘陵 | Comments(5)
2012/07/07

アジサイと古道調査

アジサイと古道調査

皆様方、今晩はです。
夜中の雷雨がすごかったですね、
夢うつつの中でも瞼に稲妻が走っておりました。
「ドンガラ、ドタバタ、バシャリンコ、ドンガラ、ドタギャン、ガラゴロゴロ」
五月蠅いけど瞼空けるの面倒臭いので眠り続けたのであります。

ちょっと前に、古道調査の発表会に使う写真を撮る為に、
改めて生駒山に入って参りました。

本日のコース
生駒駅ー光陽台ー馬池ー八丁門峠ー生駒山縦走路ーぬかた園地アジサイー慈光寺
ー暗峠ー髪切峠ー生駒山上ー霞ヶ丘ー宝山寺ー生駒駅

アジサイと古道調査

ぬかた園地のアジサイは見頃ではないでしょうか。

アジサイと古道調査



アジサイと古道調査


アジサイと古道調査

慈光寺のホタル袋

アジサイと古道調査

ここしばらく、ホタル袋には縁がなかったんですが、
今年は巡り逢えました~

アジサイと古道調査


アジサイと古道調査

これまた、久々の毛虫の王道をを行くお姿!?
色、かたち、佇まい、そしえヒゲ、

アジサイと古道調査

さかんに行動をしてました。
蛾になるのか、蝶になるのか、

アジサイと古道調査

やがて暗峠に到着。

アジサイと古道調査

安政六年1859
北 生駒宝山寺廿五丁
北 鬼取山 元薬師十二丁

この幕末の頃の道標が、ここから鬼取山の旧鶴林寺へ、
そして宝山寺へと御案内をば。

アジサイと古道調査

享保十七年1732
北 鬼取山十二丁
     宝山寺廿五丁

峠地蔵の傍らにも、前の道標よりも100年ばかし前の年号が。
歩行距離からすると100年たってもほぼ同じ距離のようです。

アジサイと古道調査

峠の地蔵前の道を右手へと舵を切って、チョイ上がれば、
ソコが髪切峠、峯の薬師跡十三仏、鬼取山 元薬師(旧鶴林寺)へと続く道ではと推測します。

アジサイと古道調査

そして辿り着くはここ。
左行けば、鳴川 元山上(庄兵ヱ道)、
右上がれば暗峠(暗峠からの宝山寺古参道)、生駒山上(逗子谷越参道)
二つの道標がそびえ立ってます!

上のは、是より三丁下 生駒山 宝山寺
                右  大阪みち
元はこの上の旧水呑大師辺りに立ってようです。
そして、暗峠からの宝山寺古参道の分岐が旧水呑大師。

動力移動装置の無い昔は、歩きだけが移動手段、たぶん。
しかしながら、大正3年(1918)に大軌鉄道(現近鉄奈良線)開通。
100年の時があれば、道が消え去るのには十分の時間の様でございます。

「古道が語る生駒の歴史」  生駒民俗会
日時:7月15日 日曜日 午前10時~12時
会場:生駒市 図書舘  東生駒駅からどうぞ
内容:「古道が語る生駒の歴史」
           暗峠からの宝山寺古参道と幻の暗越街道旧道
御代:500円
            タケチャンマンに聞いて来たんだけどと言うと、
            割り増し料金取られますので、黙って500円出しましょう。

幻の暗越街道旧道もなかなかの興味のある道でございます。

道は人と共に移り変わるモノ
道は時と共に移り変わるモノ
人は金と共に磨り減るモノ


生駒・矢田丘陵 | Comments(13)
2012/07/02

2012 05 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて その3

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて
松尾寺の猫、シロちゃんは見あたらず。

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「松尾寺の佐吉」に。

皆様方、御今晩はです。
出る出ないも、出るに決まりましたか御一行様方、
そんな今日この頃、どのように御過ごしでしょうか。

本日は、「佐吉は本能寺に有り」 注1  の一報を聴き、
早速松尾寺へ駆けつけた時の御報告でございます。

注1 :いつも御世話になっている「Coma-たくさん人」で九兵衛とのコラボの
         千手観音石仏が松尾寺有り!

本日のコース
平群ー三里ー白石畑ー松尾寺ー国見台ー矢田峠ー頂上展望台
ー小笹ノ辻ー榁ノ木峠ー八十八カ所ー矢田丘陵遊歩道ー椚峠

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

まだ若い猫かな。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

松尾寺から尾根道を歩き、榁ノ木峠に到着。
この地蔵 石仏さん江戸時代の二代目みたいです。
初代は生駒市 萩原 応願寺の永仁二年の地蔵 石仏  伊行氏との噂もあるとか、
銘は無いけど、その面影が~
そのお話しは、のち程に~

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

以前から八十八ヶ所アチラの道標だけを眺めるだけでしたが、
本日は迷い無しに御訪問。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

ポストモダンな香りが漂うデザイン、たぶん。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

整理整頓されたデザイン。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

新しめの創立でしょうか。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

なかなかのデザイン、

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

下ぶくれのお顔が素敵ですね、たぶん。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

榁ノ木峠からスグの生駒山遠望の地。

この頃、また雷ゴロゴロと雷鳴が~遠くから~
椚峠まで、まだ、まだと言うのかこれからスタート。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて

雷鳴も近づきつつ有りて、オイ、オイ、オイ。

2012 0526 平群発 松尾寺の佐吉を訪ねて
バックの山は生駒山

雷直撃受ける前に椚峠に到着~
そして、即にザンザカ雨が降り始めました~
やれやれ、00佐吉危機一髪でした。

佐吉の石仏まだまだ関西に眠っているのでしょうか?
みなさんの近くに絶対に眠ってます!

妖しいとピントと来たら、迷い無くタレこんでください!
橋上大坂市長の唐獅子牡丹姿のサイン入りブロマイドをもれなく進呈!?



丹波の佐吉 | Comments(2)
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