2009/08/04

暗峠からの参道 その1 宝山寺古参道

宝山寺古参道   Vol.001

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「暗峠からの参道 その1」に。

司会の民住党の代表の雀山でございます、
宇宙人ではなくって、民住党の代表の雀山でございます。
私の愛車はUFOではなくって、友愛号でございます、たぶん。

突然ですが皆さんは、暗峠から宝山寺へと、歩いたことはあるでしょうか?
ラッキーガーデンで昼食とって宝山寺で参って、
生駒駅前で反省会という魑魅魍魎なる道ではなく。

禁酒してると噂されてる(ほんまかいな)中川昭二前財務・金融相のごとくの、
ストイックなる道、ひたすら山中を歩き宝山寺へと。
そうなんです、その昔は暗峠から宝山寺までの生駒山中歩き道があったようでございます。

私は宝山寺への道 古道に残る信仰の 文字 今井正弘著」 で知りました。

その道を先日、私の生駒山の先生であるSさんとXメン(大阪の人)の二人で歩いたそうです。
正確に申しますと、薬師山鶴林寺跡・八大龍王薬師の滝から髪切峠(慈光院)までの区間を。
さらに正確に申しますと峯の薬師跡十三仏・うつぶせ地蔵からの先は、道では無いそうです、たぶん。

Xメンの先導で第二阪奈通気口の下を通って、髪切峠まで辿り着いたようです。
道が無くってはウォームスのコースには無理ですな、
しかしながら、個人的には歩かないことには、死んでも死にきれない道でございます。

いつかは白いクラウンならぬ、
いつかは薬師山鶴林寺跡・八大龍王薬師の滝から髪切峠(髪切山慈光寺)までの道、歩きたいものです。

ここを御覧になっている人で、その道なら歩いたよと仰る人がいましたら、
元気良く手をあげてメールで御一報くださいまし。

暗峠からの参道その1  宝山寺古参道  
暗峠に峠の地蔵 文永年間 の隣に道標が、

暗峠からの参道その1  宝山寺古参道  

不動明王の種子、
北 鬼取山(元薬師)十二丁
宝山寺廿五丁
享保十七年(1732)

暗峠からの参道その1  宝山寺古参道  
薬師山鶴林寺跡          右上に見えるのが下の道標でございます

暗峠 十二丁ではありませんが

暗峠からの参道その1  宝山寺古参道  

生駒山 宝山寺
東 小平尾 宝憧寺 廿五丁

ここは空気を呼んでももらって、西 暗峠十二丁 にしてもらいたかったです、


暗峠からの参道その1 宝山寺古参道 
見にくいの失礼いたします。

薬師山鶴林寺跡で1998年 3月撮影  ドコの新聞なのかは不明ですが、奈良新聞か奈良日日新聞の可能性が大と思われます。
このローカルな素晴らしきなる話題を、毎朝新聞が載っけるわけが無い、たぶん。

12世紀末と言えば鎌倉時代、薬師山鶴林寺跡に残る石垣を見ながら、あらぬ妄想に耽る私でございました。


後記  1997年 3月14日 読売新聞記載でした、ナヘツネの逆襲か!( 笑いでごまかす)
  



2009  5/17の
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