2012/07/13

暗峠道 地蔵変幻


暗峠道 地蔵変幻
応願寺  地蔵  永仁二年(1294)    生駒市  萩尾

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「暗峠道」に。

皆様方今晩はです、来ましたね蒸し蒸しの蒸しの季節が、
真夏も目の前でしょうか。
生駒山もすっかりと水膨れ状態となってます。

先日、噂した応願寺の地蔵さんは、初代の榁木峠地蔵だった!
昭和38年発行の大和の石佛  太田古朴さんに、衝撃の告白!
この本二上山人が貸してくれたんですけど、
ぺらぺらとページを捲ってると、ホンマかいな!
知ってる人は知ってるというオチなんでしょうか?
応願寺  地蔵  永仁二年(1294)  のパチモンとして製作したとか。

暗峠道 地蔵変幻
榁木峠のお地蔵さん    大和郡山市  矢田町

似てますか?
そう言えば~ですか~

自民党と民主党みたいなもんなんすかね~
えっ!そんな事いったら、伊行氏さんが怒りますでしょうか。

暗峠道 地蔵変幻 

ちなみに応願寺(萩原) 地蔵様は、
石仏寺(藤尾)と同じ伊行氏(いのゆきうじ)作ではないかと、
若奥様達の中で噂になっているとかです。

なる程、この肌触りが伊行氏
様と一緒と言う事なんでしょうか!?
このタップリとしたR(カーブ)の処理とグラマラスなボディーが、
伊ファミリーのツボか、たぶん。

暗峠道 地蔵変幻


暗峠道 地蔵変幻

ちなみに石仏寺 阿弥陀三尊石仏の秘仏は今も続行中なのでしょうか?
私は二回お逢いしましたが、皆様方も是非!
予約すれば拝観できると思います(大人の事情にて)

生駒市デジタル ミュージアムでチラミセしてます。

暗峠道 地蔵変幻
尼ヶ辻地蔵石仏  縁切り地蔵     鎌倉中期文永二年(1265)
奈良市 尼が辻町
ついでと言っちゃあなんですが、暗峠道なじみで、
どこから見ても、ミスター鎌倉地蔵ですね。

暗峠道 地蔵変幻


暗峠道 地蔵変幻
阿弥陀石仏   鎌倉末期              奈良市 尼が辻町

タラコ口で有名な石原さとみ嬢似でしょうか、

暗峠道 地蔵変幻

旧奈良暗越街道を行き交う人々は、地蔵に阿弥陀と正にW効果で道中安全をば。

地蔵変幻
藤尾峠の阿弥陀石仏 文永七年(1270)

近年リフレッシュされたお肌はどうですか、
前の方が良い様な気がしますが。

暗峠道 地蔵変幻
峠の地蔵  文永年間

またの名を暗峠のフランケン地蔵
創立当時の晴れ姿を見たいモノですが、

ここから鬼取山への道が、
鬼取山で写経したのが12世紀末から15年間だそうですから、
まだこの地蔵様も暗峠にはそびえ立っては居なっかた訳ですね。

どうですか旧奈良暗越街道にそびえ立つ1200年代の鎌倉時代の石仏の競演は。

生駒・矢田丘陵 | Comments(5)
Comment
いや~噂には聞いてましたが、旧暗越奈良街道は石仏の宝庫ですね、素晴らしい。
鎌倉時代の横綱級石仏の揃い踏みで、思わず頬擦りしたいような。おっと、蜘蛛の脱け殻に注意ですが。
No title
私はもう何回も頬ずりした事か・・・
蜘蛛の抜け殻上等、ヤモリの抜け殻が~
ところでヤモリ脱皮しましたっけ、
おじさんは脱皮するごとに下っ腹が出っ張ってきます!
PS:おばさんも。
旧暗越奈良街道にはまだまだ、むかし食堂に紛れ込んでいた弥勒さんとかバラエティーに富んでます。
http://sekibutuwalk.blog99.fc2.com/blog-entry-62.htmlココ見てね。
そう言えば、我が家にはイモリ君が住み着いていて、今年もこの前、チラッと見ました。
家内は蛇やトカゲは大嫌いなのにヤモリは可愛いと言います。理解に苦しみます。
三條会館の石仏知らなかったです。三條会館自体も。場所はわかりました。画像を拝見する限りでは大きくて立派なものですね。
これ程の石仏が、重文でもなく、市指定文化財とは解せません。
近くなので自転車で見に行きます。歩いても20分くらいかな。
No title
【修正】 ×イモリ君 ○ヤモリ君
No title
ヤモリのつぶらな瞳を見た人は、
イチコロでヤモリ ファンになります、たぶん。
ベランダに毎年、ヤモリの糞が、黒に白が混じってる奴。
内気な性格な奴か姿を見た事がありませんが。
チョイ前までは可愛いカエルが虫食べにベランダに出張してたんですけど、
最近バッタシ見かけません、農薬でしょうか。
アイル ビー バック カエルhttp://sekibutuwalk.blog99.fc2.com/blog-entry-8.html

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