2014/06/13

2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 都祁から寝地蔵さんへと

2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて 三谷の寝地蔵

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、三谷の寝地蔵(ネンド)さん」に。

それも念願かなっての青竜寺から旧藺生峠(たぶん)を下っての御対面。
私は7年ぶりの7回目、
そして、この道を案内してくれたHさんは32年ぶりの2回目だそうです。
1回目の1982年はすんなりと本日の道で寝地蔵に御対面したそうな。
その時は寝地蔵前の車道路は存在してなかった、とな~

本日のコース
近鉄・榛原駅―バス停 来迎寺・T―青竜寺―葛神社・T―旧藺生(いう)峠―寝地蔵(ネンド)
―三谷―西法寺―滝倉(樹齢400年の権現桜)T―初瀬ダム―近鉄・長谷寺駅

本日も青竜寺で地元の方に早速、
葛神社から上がった旧道から寝地蔵に行けますかとお聞きすれば。
「行けんやろな~」
「歩いたこと無いな~車で行くからな~」
子供の頃は歩きましたかとお聞きすれば、
ニコニコするだけ~

ともかく現地調査をしなくてはいけませんので。
葛神社からせっせと上がって行くと。
山仕事されてるトラックが見えて。
ここでも、もしもし亀さんよ~と、お聞きすれば。
「行けんやろな~」
タケチャンマン「Oh my God!」

石仏の辻001  哀愁の「ネゾン」に 初瀬ダムは見えただろうか
ここを読んでもらうとわかる様に、
この1998年3月時点で、「行けないで~」

「行けないで~」と言われると、
ますます行きたくなるのは何故でしょうか。

2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて  
さらに坂を上って行くと。
Hさんがココ、ココと。
その先は「商売繁盛、笹藪持って来い」に見えました。
ココが魔界への入り口ですか。
地元の人でさえ、恐れ慄く地獄への入り口。

Hさんが「行くぞ~」
タケチャンマン「行ってらっしゃい~」
そんなわけで、Hさんに引きずられて地獄への道へと分け入ったのでございます。

2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて

で、道はどうだったかと言うと、
先日、歩いた生駒山の沢下りモドキ道からすると天国やんけ~
前半植林してあって、いかにも山仕事道。
後半になって自然林に変わって倒木多しでも十分歩けます。
なにより道が消えることが無いのが驚きです。
約15分ばかしで寝地蔵に到着す!

本日の御言葉:歩けば尊し古道の道
ともかく歩かないと、古道は姿を現さない。

今年の9月の「歩く・石仏の辻」でこの道歩きますので乞う御期待!

2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて

寝地蔵は延慶二年(1309)
わきに立ってる地蔵さんは建武二年(1335)

見事に寝転がっています。
右上の阿弥陀さんから真っ二つに割れて。

2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて
この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである

旧藺生峠の位置は、中田紀子著:奈良大和の峠物語からの推定です、あしからず。
具体的な位置は書いてないのですが、文章を解析?す?


2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて
寝地蔵から道路を渡れば、この風景が。

7.5年ほど前の秋の風景ですが。

9月の歩きにはどんな風景が待っているでしょうか。

2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて

滝倉明神の駐車場から南東を望んでます。


2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて

西法寺 地蔵石仏 天文十年(1541)


2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて

弥勒仏 鎌倉末期


2014 0608 下見 歩く・石仏の辻 橋本さんと 都祁から寝地蔵さんへと 念願の道を歩いて

阿弥陀石仏  室町初期

次から次へと石仏が現れます。

どうでしたか旧藺生峠越えの道は。
藺生からの三谷、嵩方(だけ)への里道だったのでしょうか。
北の方の今の藺生峠には小夫(桜井方面)から藺生(都祁)への「初瀬街道」とか。

すっかりあきらめ気味だった旧藺生峠越えの道を歩き、
至高の時の中にどっぷりっと浸ったのございました。

Hさん、ホントにありがとうございました。
Hさんが、うら若き女性だったら、
感謝の熱き抱擁をしたところですが。
私より年上の紳士ですので、即諦めのでございます、チャッカリ。

では、9月にみなさんと一緒に寝地蔵さんに逢いましょう。


その他 | Comments(6)
Comment
ご苦労様でした
Hさんから詳細お聞きしました。
青龍寺から寝地蔵さんへの道、なかなか良いですね。
こんくらいなら充分「道」に見えます。

私が三十五年前に行った時は
小夫のバス停からテクテク歩いて逢いに行きました~

寝地蔵さんは三十五年経ってもぜんぜん変わりまへんなぁ・・・


オキンド
>寝地蔵さんは三十五年経ってもぜんぜん変わりまへんなぁ・・・

何百年も熟睡中で、このままだそうですから、
変わり様がないのかな(^^)/~

9月にみんなで行った時に、
遅刻するよって、おこしちゃいますか。
ネンド改めオキンドなんちゃって~ \(^o^)/
私も、35年前に歩きました?
「藺生峠」という文字を見て、私も思い出しました。
35年以上前、クラブの生徒と「藺生峠」を越えました。
「寝地蔵」の記憶も記録もありませんが、生徒と読図をしながら、長谷寺を目指した頃の若さが懐かしくなりました。
9月の例会を楽しみにしています。
知らなかった
Yonさまも「藺生峠」から長谷寺へと歩いたんですか。
旧藺生峠なんでしょうか?
35年以上前の地図残ってないでしょうか?

初瀬ダムもない頃ですね、88年完成だそうです。
以外や以外と新しいんですね初瀬ダム。

みなさんは昔から歩いているんですね。
私は腹が出てから歩き始めましたので。
21年以上前・・・と言う表現は物理的にナス。

それでも、むかし飲み屋に行くのに、
暗峠街道・大坂街道を歩いて玉造(黒門)へと。
当時は大坂街道なんて、
これっぽっちも知らなかったんですが。
懐かしい
寝仏(地蔵),私も行ったことがあります。グループを組み,みんなでワイワイガヤガヤ(失礼)石仏探索,いいですね。
小生は,たまに助手を連れて行きますが,原則単独行動です。次第に道祖神だけの撮影に変わってきました。今は越後・上州への撮影旅行を夢見ています。高速道路・ガソリン代の高騰は,年金生活者にはこたえます。
また,寄らせていただきます。
ありがとうございます
usagiさんも寝地蔵さんと逢われましたか。

道祖神を訪ねての越後・上州への歩き最高でしょうね。
白き山々をバックに・・・

>高速道路・ガソリン代の高騰は,年金生活者にはこたえます。

値上げはまだまだ続きそうですね、
これも、あれも、あべちゃんのおかげです。

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