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2014/11/27

2014 11 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで 榁ノ木峠から遊歩道をちょい北に歩いたところ

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで」に。
歩く・石仏の辻の夏用コースとして 矢田丘陵縦走路を歩いてきました。
初めは王寺までと予定してましたが、「古の通学路」があるとかで、
急遽そちらの道を選択。
古の通学路とは文字どおり、白石畑から法隆寺方面へのむかしの通学路。
以前法隆寺から山道を歩いて白石畑へといった道とは別もの様子。

本日のコース
東生駒ー椚峠ー榁ノ木峠ー頂上展望台ー矢田峠ー国見台ー松尾山ー白石畑ー古の通学路
ー仏塚古墳ー法隆寺

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

「生駒の古道」にある「幻の古道ルート」の竹林寺からの榁ノ木峠への道がこの辺りに出てくるのではと推測。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

榁ノ木峠の二代目の峠地蔵

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで
矢田峠

生駒谷からの伊勢参りの道でもあったようです。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

今年の紅葉は当たりでしょうか?場所による・・・

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

曇ってるんですが、遠望はとてもグッド。
とりたてて風があるわけでもないのに。
空気がとても乾いているんでしょう。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

松尾山の三角点。
本日はひたすら尾根道一筋。
子供の森も松尾寺にも寄らず(歩く・石仏の辻では寄ります)

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

松尾寺の西手を南下中コレを。
白石畑から矢田山磨崖仏への道に出るようです。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

ココが古の通学路の入り口です。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

なんともナイスな道、今まで歩かなかったのが残念。
ほとんどの人は松尾寺から法隆寺へはゴルフ場横を通ってでしょうが。
歩き好きにはこの道をお奨めいたします。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

ココのY辻で道を間違えました・・・
右手に行かなければいけないのに、
なんの迷いなしに真っ直ぐへと。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

それで、ここに出てきて、即!
天は我を見放した~のか~

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

なぜなら仏塚古墳が見えたからです、
なんのこっちゃ、どないなっとるんや!
もう山道に戻って再チャレンジする気力は皆無でございました。

2014 1120 東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで

観光客で賑わう法隆寺で本日は終わり。
いつもなら生駒線の竜田川駅まで歩くんですが。
歳ですな、そんな元気は法隆寺の五重塔を見たら跡形もなく吹き飛びました。

そのかわりにバス停目前で信号待ちしてる間に
王寺行きバスは目の前で発車オーライでございます。
美人車掌さんが乗ってたと推測されます、たぶん。

どうでしたか本日の「東生駒から 矢田丘陵縦走 法隆寺まで」
この日、デジカメ写そうとしたら液晶画面になにやら、どうとら、こうたらと。
よく見ると「メモリーありませんので写せません、あしからず・・・」
え~え~そんな殺生な~写せないなんて~
まわしを忘れたお相撲さん状態でんがな。
唖然、呆然、騒然、座禅でございます。

そこで皆様方は、なのに、なんで、写真が、あるのと?
そうなんです、この日はモバイル ルーターの筆下ろしの日だったんです。
(モバイル ルーターとは、スマートフォンから、もしもし機能と液晶画面を取っ払ったものでございます、おおまかに言うと)
そうなんですiPadを持ってきてたのです、ラッキー!
iPadにはおまけでカメラが付いているのです。
そんなわけで歩いてる間中右手にiPadを持って、
至る所で写真撮ってコーヒー飲んでインターネット、月々1124円で。
(モバイル ルーターとiPadの二台そろってようやくンターネットができるのです)
山の中でもインターネットができるとは、なんとも、いやはや。
それでも道に迷いましたが・・・


生駒・矢田丘陵 | Comments(43)
Comment
No title
なんで そんなに安いの たけちゃんマンさんだけ 善人割引き あたいのは 高いし 山ではつながりませんわ とほほ
今だけ善人割引き
>たけちゃんマンさんだけ 善人割引き
今流行のMVNOのIIJmioと申しますところの2Gコースです。NTT回線を間借りしてるそうです。矢田丘陵に春日奥山道路に首切り地蔵でも使えましたよ。
腐ってもNTTと言うことでしょうか。
奈良歩きするなら、田舎歩きするなら、NTT系が無難なんでしょうか。
仮想移動体通信事業者
まだまださんのQのお蔭で私も調べました~。

Mobile Virtual Network Operator→MVNO
今話題だそうですね。

夫もこれに切り替えるそうです。
説明聞いたけど分からない(爆)

私はガラ携の設定でさえ自分でできないから、
こんな「自分でやっとくれ」システムは無理。

タケチャンマンさま時流に乗ってるんだ(感心)
仮想移変動体ウンチク個人事業者より
>夫もこれに切り替えるそうです。

えっ!一瞬、「夫を切り替える・・・・」
と読んじゃいました、ペコリンです。

>私はガラ携の設定でさえ自分でできないから

設定はできなくとも、メールは打てるから立派なもんですわ。
私、携帯のメール使えないんです、ちっちゃくて面倒なんです。
か行とか、わ行をヘコヘコとボタンを押してられるけ~そんなカンジ。

iPadはキーボードが出てきて入力できます!
けどメールの設定はまだしてません (^^)/

何年も前からモバイル ルーターと思ってたんですが。
生駒の味楽でまだまださんのiPad min&モバイル ルーターで、
友人と勝ち馬投票券のやりとりをしてるのを見て!
決断した次第でございます・・・
あれから四ヶ月以上もたってますけど~
お縛り(蝋燭流しも)無しの月々1200円弱なら納得ね。
最近おしゃべりもできるサービスもあるそうですよ。
そのうちドコモ携帯もポイできるかな。

先日は疲れさまでした。
この記事トップにある峠の写真見て思い出しました。
峠の間にある山に登ることを。

奈良県側からは、くっきり見えるんですね。
大阪側からは、、、生駒に隠れてます。

登ってみると山頂まで"くっきり"した道がついていました。
是非試してみてください。オススメします。
23日は交差できるかな?
御無沙汰です、23日は交差できるかな?

>登ってみると山頂まで"くっきり"した道がついていました

道があるんですね、髪切峠から登るんでしょうか。
磨崖仏でもないかな~

地図見たら県境が山頂を通って生駒山へとまっぷったつに。
髪切峠に寄ったら登ってきます。
天照山
暗峠側に板碑がありました。
モノは不明です。
是非、ご解読お願いします。
写真はブログに上げときました。
旗振り通信でしたか
日月碑 正保二年
日待講の遺品だそうです。
https://kotobank.jp/word/%E6%97%A5%E5%BE%85-863804
上を見てください。
宴会的要素も強かったのではありませんか?

>この山が旗振り通信に使われていたということです。

そうだったんですか。
今なら14日の選挙速報もココ経由で送られたとなるんですね。
いにしえの通学路
タケチャンマンさん、こんにちは。

>初めは王寺までと予定してましたが、「古の通学路」があるとかで、急遽そちらの道を選択。
>古の通学路とは文字どおり、白石畑から法隆寺方面へのむかしの通学路。

昨年末、タケチャンマンさんがちょうどこの文章を上梓されたすぐ後、日経紙夕刊で太宰府市にある「いにしえの通学路」の記事が取り上げられていました。こちらは大宰府市民遺産に登録されているようです。とはいえ、わざわざ中央紙がローカルな話題を拾い上げたのは「通学廃道」という切り口が目新しかった故と推察します。
ネットではあらゆるジャンルに趣味の範囲が広がっていますが、「通学(廃)路」というのはまだあまり取り上げられない分野ではないでしょうか。
御無沙汰です
jack77bettyさん御無沙汰してます。

「古の通学路」色んな思いが膨らむ言葉ですよね。

私の「古の通学路」は10分かからない道をみんなで、
1時間ぐらいかけて帰った道。

アラレちゃんの様に公園のウンチを棒で突っついて遊びました・・・
噴水に住んでたヤゴを捕ったり、
近所で評判の危ないおじさんとバッタリ出逢ったり。
「柳ヶ瀬ブルース」が流行るちょっと前頃のお話しです。
これも「学」にちがいありません、たぶん。
お化け灯籠
タケチャンマンさん、おはようございます。RESありがとうございました。
さて、別の話題になりますが、最新のいこまち2月号で、
-親子で生駒探検第一回「お化け灯籠」を見つけよう-
の企画案内が出ていました。
以前ご一緒したときもちらっとお話ししたと思いますが、「お化け灯籠」は生駒(周辺)地域独特のもののようですから、もう少し注目されて良いと思ってましたが、ようやくですね。
少しづつ
「お化け灯籠を見つけよう」は親子限定のようですね。
中高年の「お化け灯籠を見つけよう」の開催はナイ様ですね、なんでだろう~

jack77bettyさんと「お化け灯籠」を見て宝山寺から暗峠道を完歩してから、かれこれ5年になろうとしてるんですね。

生駒民俗会では今期(4月から)には「生駒の古道」歩きをする予定だそうです。
「宝山寺から暗峠道」のプラン(部分的ですが)も出しましたので、ほんのサワリだけでも皆さんに「宝山寺から暗峠道」味わってもらえるかもしれません。


宝山寺から暗峠道
タケチャンマンさん、こんばんは。RESありがとうございました。

>jack77bettyさんと「お化け灯籠」を見て宝山寺から暗峠道を完歩してから、かれこれ5年になろうとしてるんですね。

おっしゃるとおり、小噺の落ちみたいで恐縮ですが「月日のたつのは早い」と感じます。その節はお世話になりました。
さて、評判の「生駒の古道」の「宝山寺から暗峠道」の部分は、タケチャンマンさんのご労作と推察しております。
思い返しますと、今でこそネット情報はそれこそ氾濫といってよい状態ですが、ネット通信黎明(笑)時代のタケチャンマンさんのHPは私にとって貴重な情報源でした。当該「宝山寺から暗峠道」の起点となります道標が水呑大師前にあったというのもそこで知りました。おかげさまで、この起点から(今はケーブル道が横切っていますが)旧道は果たしてどう続いていたのか?など、個人的興味は尽きません。
まったくです
>この起点から(今はケーブル道が横切っていますが)旧道は果たしてどう続いていたのか?など、個人的興味は尽きません。

まったくです。
古道調査の時に、ケーブル道を横断して冬場に探索はしたんですが、
コレカナ~さえ見つけることはできませんでした。
明治41年測図の地形図にあるコレカナ道を、
再現するしかありませんね。
お化け灯籠(続)
タケチャンマンさんおはようございます。重ねてRESありがとうございました。

さて私が生駒で最初に見たお化け灯籠はお松の宮のそれでした。これもでっかいですね。今度の探検では寄らないようですが。

もうひとつ、かっては生駒の石材店さんのHPに、「お化け灯籠」についての説明(自然石を利用して作るなどなど)が、載っていましたが今はなくなってしまいました。とはいえ、一昔前は、生駒の石材店(石屋)さん、あるいはそれとコラボした造園業者(植木屋)さんには、有力な商材だったことがうかがえました。

今ネットで検索しますと帝塚山大学の敷地にも残っているようです。第二回「お化け灯籠めぐり」同大学の学食(これも今流行らしいですが)のカツカレーで締めるという企画もできそうです(笑)。
食べたいカツカレー
お松の宮のお化け灯籠は良く拝見してます。
というか散歩コースでしたが、
近頃はとんと御無沙汰してます。

帝塚山大学の中ですか、
「お化け灯籠」と「カツカレー」のコラボも十分アリですね、
ちびっ子向きの探索会のようですから。
-親子で生駒探検-勝手に第二回(笑)「お化け灯籠」を見つけよう
タケチャンマンさん、おはようございます。

>第二回「お化け灯籠めぐり」同大学の学食(これも今流行らしいですが)のカツカレーで締めるという企画もできそうです(笑)。(jack77betty)

今朝、東菜畑地蔵堂の前を通ったのですが、ここにも「お化け灯籠」があるのことに、初めて気が付きました。
具合のいいことに、おまつの宮→帝塚山大の中間に位置しますので、ここを追加提案したいと思います。(笑)
地下空間でお化け灯籠を見つけよう
>今朝、東菜畑地蔵堂の前を通ったのですが、ここにも「お化け灯籠」があるのことに、初めて気が付きました。

けっこう気づかないもんなんですね。

東菜畑地蔵堂はいいムードしてますよね。
ウォーキング娘で二回もやってる「宝山寺・正面参道」のスタート地点でもあります。
勝手に第三回 一人でお化け灯篭を見つけよう
タケチャンマンさん、おはようございます。お返事ありがとうございました。
さて週末、南田原の「野所の森」にお化け灯篭があるという情報を得てみてきました。竿の部分には「天神宮」とかかれていました。森は少し荒れています。そばの大木のうろに蜂の巣のようなものが見えたので早々に退散しました。
日浦村
行かれましたか「野所の森」へと。
生駒の「トトロの森」と噂される地へと。

ところで「いこまち」31ページにある「生駒歴史街道」を読まれましたか?
ここに出てくる、暗越街道の南側の谷あいにあったとされる村・日浦(ひうら)はどこかな~と思ってたら?
生駒民俗会のWさんが庄兵ヱ道分岐の北側あたりだと教えてくれました。
いつごろ廃村になったのか興味がつきませんね。
小字(奥)日浦
 タケチャンマンさん、おはようございます。重ねてのお返事ありがとうございました。
>庄兵ヱ道分岐の北側あたりだと
庄兵ヱ道分岐というのは、向山公園から続く林道?(奥の部分は荒廃)と、庄兵ヱ道分岐の交差するところでしょうか。その北側となりますと神田川支流の新池(水源地)のすぐ西側近辺ということですね。タケチャンマンさんの紹介された古地図ストックの1923年版には、そのあたりに田んぼの記号のようなものが見えますから少なくとも大正末期までは集落が存在していたのかと想像します。
 前にも書いたと思いますが、生駒市誌の記事を見て初めて庄兵ヱ道を歩いたのが30年ほど前、藤尾側からですと用水路沿いにしっかりした道が続いていますが、しっかりしすぎてうっかりすると庄兵ヱ道を外れて西奥の暗峠方面へと進んでしまいます。わずかな踏み後を見つけて(ここで方角を南に代えて)崖状の段差を神田川支流の小さな谷に降りて、流れを越えねばなりません。今は目印が付いているので私のように地図を持たない人ても間違えないと思います。その流れを越えたあたりに、石垣に囲まれた小広い平地があったように記憶しています。生駒市誌にこのあたりにも人が住んでいたような記述があったことが頭にありましたので、これがそうかなと思っていました。
前MSG三行目
「庄兵ヱ道分岐の交差する」→「庄兵ヱ道の交差する」
の誤りでした。お詫びして訂正します。
まったく
>庄兵ヱ道分岐の北側あたりだと

訂正です「西側あたりだと」
まったく、jack77bettyさんのご指摘どうりだと思います。
おおまかには庄兵ヱ道をはさんでの
東西に村はあったのではないでしょうか。
だいぶ前(昭和)に最後に残ってた方が西のあたりに住んでたそうです。
村ではなく単独でということなんでしょうが。

前回の反省会(酒盛り)で、2、30戸あったのか!?
いや、いや、そんな戸数は無いでしょ、とか盛り上がりました。

jack77bettyさんは生駒市誌が出てすぐに探索されたんですね。
今までの反省会(酒盛り)では、
生駒市誌誕生物語とか色々興味深いオフレコ話が炸裂して、
これぞ民俗会だと感じたしだいです、たぶん。
日浦村盛衰記
 タケチャンマンさん、おはようございます。重ね重ねお返事ありがとうございました。
>生駒市誌にこのあたりにも人が住んでいたような記述があったことが頭にありましたので、(jack77betty)
 記憶というのはまことに不確かなものですから、生駒市誌を図書館より借り出して、当該部分を探してみましたところ、
「日浦ヶ丘は近世には隠遁して開拓するものもあったが」との文章を見つけました。
 しかしながら、「隠遁」という言葉と、往馬大社の氏子として、藤尾などの先輩他村と肩を並べて地域社会の一員としての義務(負担)を健気にも果たそうとしている姿とがどうにもつろくしないような気がします。
「隠遁」の表現は、むしろもっと時代を下って、「だいぶ前(昭和)に最後に残ってた方が西のあたりに住んでたそうです。村ではなく単独でということなんでしょうが。」とタケチャンマンさんがお書きになった雰囲気に合致するかと思います。
ともあれ、タケチャンマンさんのお尋ねがきっかけで、乏しい資料から勝手な推理を楽しむことができました。ありがとうございました
お化け灯篭
タケチャンマンさん、jack77bettyさん。こんばんわ。

生駒で言う「お化け灯篭」とはどの程度の大きさのモノを指しているのでしょうか? それとも、何か特別な形でもしてるのですか。

先日、平群町梨本で結構大きな石灯篭を見ました。紀年は明治でしたが、かなり立派でした。

グリグリ写真
https://goo.gl/hVtn5n

これも、お化け灯篭ですかね?
待てば海路の日和あり
>「お化け灯篭」とは

私的には、ドデカい灯篭が「お化け灯篭」ダメかな。

プロレスラーでたとえるなら、
ジャイアント馬場
アンドレ・ザ・ジャイアント

>これも、お化け灯篭ですかね?

「お化け灯篭審査委員会」の会長のjack77bettyさんの御意見を待ちましょう!
(お)化け灯篭の定義(笑)
Juantontoさん、こんにちは。RESありがとうございました。
>生駒で言う「お化け灯篭」とはどの程度の大きさのモノを指しているのでしょうか? それとも、何か特別な形でもしてるのですか。(Juantontoさん)

以前のMSGで「かっては生駒の石材店さんのHPに、「お化け灯籠」についての説明(自然石を利用して作るなどなど)が、載っていましたが今はなくなってしまいました。」 と書きましたが、また見つけました。(復活したのか、あるいは見落としたのか(汗))
http://www.ikomaisi.com/ikoma.html
これによりますと、生駒石の説明に続いて、「バケ灯篭とは生駒石を積み上げて作ったもので、山灯籠ともいいます。」と書かれています。これでは少し言葉足らずかもしれませんが、一般的には山灯篭と呼ばれているものが、生駒では「バケ灯篭」と呼び慣らされているようです。
一方、生駒のくくりをはずして(お)化け灯篭だけで検索しますと、一番にヒットするのが上野寛永寺のそれですが、こちらは一般的な石灯籠のデザインですが、びっくりするほど大きいという意味でお化けの愛称がついたようです。

>グリグリ写真。これもお化け灯篭ですかね。(Juantontoさん)

お写真ありがとうございました。先に書きましたように、プロの石屋さんがそう定義しておられるわけですから、生駒山近辺では大きさは問わず生駒石でできた山灯篭はずべて「バケ灯篭」ということになろうかと思いますが、(ちょうど返事を書いていた最中にタケチャンマンさんのご回答があったようですが)、小生もある程度の大きさを持つもののほうが、よりその呼び名に相応しいかなと個人的には感じます。素人意見ですので何卒お読み捨てのほど、為念。



山灯篭
タケチャンマンさん、jack77bettyさん。こんばんわ。

お返事ありがとうございました。
お二人のお話だと、かなりあちこちに存在しますね。
瓢箪山稲荷神社の砲弾の横にあるデカイ奴、あれなんかもお化けクラスかと。

これから気を付けて見て行こうと思います。ありがとうございました。
お化け灯篭ブーム
juantontoさん、こんにちは。重ねてRESありがとうございました。
さて先週末土曜日、生駒のボランティアガイドさんの案内で生駒市内の役の行者像をめぐるツアーに参加してきました。最終訪問地の稲蔵神社では、苔むしたお化け灯篭とご対面、こちらもなかなかの大物でした。
>瓢箪山稲荷神社の砲弾の横にあるデカイ奴、あれなんかもお化けクラスかと。(juantontoさん)
偶然ですが、どちらの神社も現世利益の流行神、明治になって急に人気が出て、現在はやや停滞気味(失礼)というところもよく似ていますね。こちらの稲蔵神社の灯篭の紀年銘は明治3年のようですが、
>先日、平群町梨本で結構大きな石灯篭を見ました。紀年は明治でしたが、かなり立派でした。 (juantontoさん)
上記等とあわせて、最初に話題にしました生駒旧参道やお松の宮のものも幕末から明治始めにかけてのもののようですから、生駒石のお化け灯篭、そのころ大変流行したのではないでしょうか。
肥後の石工
タケチャンマンさん、おはようございます。
昔の石工さんのお仕事の守備範囲は広くて、狛犬や灯篭などの小物だけでなく、道路の敷石、お城の石垣を含めた基礎工事など今なら大手ゼネコンの土木部門が引き受けるようなものも全部彼らの仕事でした。親方ともなれば、たとえ小さな村の石工さんでもお地蔵様や不動明王ぐらいは彫り上げる技術を皆さん持っていたのではないでしょうか。
さて、長崎には眼鏡橋という有名な石のアーチ橋が残っていて観光資源として有名ですね。長崎ほど有名ではないかも知れませんが、お隣の熊本(肥後)にもいくつかのアーチ型石橋が残っています。江戸時代にそれらのアーチ橋を作ったのが岩永三五郎と言う人です。彼を主人公にした「肥後の石工」という本を見つけて読んでみました。作者の今西裕行さんは、(生まれは大阪ですが)戦前には生駒にお住まいだったこともあると知ってその偶然に驚きました。
今西さんは、この作品のあとがきで、作品と絡めて当時の思い出を書いておられます。

「石」については思い出すことがあります。私は5歳のときからしばらく奈良県の生駒山の麓の山の中に住んでいました。家の前の道は高橋道という石を運び出す道でした。生駒山には「生駒石」といって、茶室の庭石や石垣にする名石が出るのです。その石を山から運び出す道でした。昔のことです。トラックなどではありません。大きな特製の荷車でそれを何頭もの牡牛で引くのです。車が泥道にめりこむと・・・
高橋道
jack77bettyさんこんにちは、

高橋道については鬼取のNさんの証言が。

第48号 ふるさと生駒 平成17年3月20日
「鬼取村の庄兵ヱと庄兵ヱ道」

庄兵ヱ道を通って運んだという。
もうすこし下手にも、
宝山寺から現在「曙の滝」があるあたりまで松林の中に道がついていて、
「高橋道」と呼んでいた。
道の名称の由来については詳らかではないという。

ここでの高橋道は今西裕行さんより前の話のようです。
やがて、高橋道から市道門前鬼取線へと。

以前に小倉寺のおばあちゃんに古道のお話をお聞きした時に。
庄兵ヱ道より上に道があったと。
この道が宝山寺から暗峠への道なのかは確認できないのですが。
地図的に言うと庄兵ヱ道より西に南北の道があったと。
暗峠のおじいちゃんによると、
昭和30年頃まで暗峠から旧鶴林寺までの道を歩けたと・・・
当然の如く芝刈りの道、ガスが通れば山仕事だけの人の道へと。
聞き書き情報は貴重
タケチャンマンさん、おはようございます。RESありがとうございました。
>日待講の遺品だそうです
>宴会的要素も強かったのではありませんか?(タケチャンマンさん)
亀RESに加えて横RES失礼します。
ご存知かと思いますが、この場所は生駒七森信仰では「庚申の森」と呼ばれていて以前は実際庚申堂が建っていたようです。
日待講も庚申講も、日にちこそ違え徹宵など同じようなことをするわけですから、お堂を兼用で使っていたということではないでしょうか。
>暗峠のおじいちゃんによると、(タケチャンまんさん)
タケチャンマンさんと宝山寺旧参詣道をご一緒したころ、小生も峠にお住まいの方にお話を伺いました。ひょっとしたら同じ方かもしれませんね。
その方のお話では、お堂はドライブウエイができたころにはなくなっており、中にあったもの(青面金剛でしょうか猿田彦でしょうか、あるいはそれ以外の雑多なものか)は峠の南にある神感寺がお祀りすると言って持って行ったそうです。
10月10日
畑のところに庚申堂が立ってたんですね。

東京オリンピックの頃には庚申講も無くなってたということでしょうか。

慈光寺ではなく神感寺ですか。
庄兵ヱ道より西に南北の道
タケチャンマンさん、おはようございます。
>地図的に言うと庄兵ヱ道より西に南北の道があったと
タケチャンマンさんに教えていただいた古地図サイト大活用していますが、それには1910年版から1935年版まで三版にわたって上記の道がはっきり記載されていますね。
宝山寺からですと後半は小倉寺の谷(一の谷?)上流の池を掠めて鶴林寺へ届いています。今の鬼工房への道がもっと奥へ続いているようですから、これが出口だったかなと予想しています。一方暗峠から宝山寺への旧参道は、現在の霞ヶ丘駅まで届かず途中で大くだりしてこの「中道」(庄兵衛道より西の南北の道)に収斂していたと地図からは読み取れますね。

余談ですが、タケチャンマンさんと登り返した道願寺から旧参道への道も古地図では破線で残っているのを確認しました。
お化け灯篭そろい踏み
Juantontoさん、おはようございます。

>先日、平群町梨本で結構大きな石灯篭を見ました。紀年は明治でしたが、かなり立派でした。

昨日曜日に、楢本神社におまいりしてきました。数年前参加していた神社トピに投稿のため、一度訪れているのですが、前回は灯篭に目が行かず見落としてました。
お写真の通り大、中、小と三つお化け灯篭見てきました。大はお写真から想像していたよりずっと大きく感じました。ご紹介ありがとうございました。
お久しぶりです。
jack77bettyさん。こんにちは。

ご報告ありがとうございます。また、日待講の石碑付近に庚申堂が建っていたという情報も興味深く拝見させていただきました。以前、タケチャンマンさんにお伺いしてから、何度か訪問しています。確かに建屋があってもおかしくないスペースがありますね。


タケチャンマンさん。いつも、お邪魔してスンマセン。

先日、久しぶりに庄兵ヱ道を歩きました。と言っても、向井山の尾根から千光寺までの区間です。旧道側を歩いたのですが、イノシシが道をくまなく耕して分かりやすくなってました(笑)

今年のお正月に道願寺の谷筋を古道まで遡上し、その後、付近の倒竹やら笹ヤブを通行可能な程度に切り開きました。そろそろ古道歩きの季節ですよ。是非、このルートを再企画してくださいね。失礼しました。
Juantontoさんへ
Juantontoさんこんにちはです。

>イノシシが道をくまなく耕して分かりやすくなってました(笑)

見るからに旧道側の方がミミズさんがいそうですね。

>付近の倒竹やら笹ヤブを通行可能な程度に切り開きました。

いつも、いつも御苦労様です。
日当たりが良いですから、笹ヤブの成長も早いですね。

>このルートを再企画してくださいね。

このルートではありませんが庄兵ヱ道の方は。
生駒民俗会で歩きます。
12月18日 日曜日 集合 9時 生駒中央駅改札口
9時20分発のケーブルで宝山寺駅まで、290円
生駒駅―宝山寺―教弘寺―鶴林寺―藤尾町・昼食T―千光寺T―元山上口駅

私は歩きを担当します。
庄兵ヱ道
タケチャンマンさん、こんにちは。

スケジュールが合えば参加したいのですが、非会員は参加不可能でしょうか。もし可能なら、宝山寺から合流したいです。
大歓迎です
生駒民俗会は500円ポッキリで誰でも参加できます。
宝山寺だろうが千光寺だろうが大歓迎です。

スケジュールが合いますように~
偶然
タケチャンマンさん、Juantontoさん、おはようございます。RESありがとうございました。
>生駒民俗会で歩きます。
>私は歩きを担当します。(タケチャンマンさん)
私も、タケチャンマンさんの御案内で庄兵ヱ道歩いてみたいと思います。どうかよろしくお願いします。
以前にも書きましたが、「生駒の古道」では鶴林寺から、藤尾までの道は二案併記となっていましたが、どちらの道を選ばれるのか、その説明も楽しみです。コース中難所はいろいろあるかと思いますが、個人的には犬の関所が一番の難関だと思います。(笑)

>先日、久しぶりに庄兵ヱ道を歩きました。と言っても、向井山の尾根から千光寺までの区間です。旧道側を歩いたのですが、(Juantontoさん)
偶然ですが、私も先月末頃むかいやま公園奥の林道から直進道を見送って池に回りこみ庄兵ヱ道を尾根まで戻りました。庄兵ヱ道、ちょうどJuantontoさんの残りを担当したようなことになりました。(笑)
さて、向井山尾根に上りつく直前で、先に見送った直進道と交差しますが、そのあたりで錫杖を拾いました。警察に届けようかと家に持ち帰りましたが、ふと思いついて千光寺のHPを開いてみますと、ちょうど前日に恒例の秋の回峰行が行われていたようで、それに参加した人が落とたなのではないかと考え、次の日お寺に届けておきました。持ち主にうまく返ってくれるとよいのですが。
>道願寺の谷筋を古道まで遡上し(Juantontoさん)
先ごろ話題にしました、楢本神社、道願寺、こちらもまた偶然ですが、どちらもかっては別の場所にあって、しかも、まるで申し合わせたようにその旧地が「現在地の東約500Mの小丘」となっています。機会がありましたら二ヶ所の旧地を探し訪ねてみたいと思います。
12月 18日
jack77bettyさん今日はです。

>私も、タケチャンマンさんの御案内で庄兵ヱ道歩いてみたいと思います。

ありがとうございます。
その時は必ずjack77bettyです~と声をおかけください。

>どちらの道を選ばれるのか、その説明も楽しみです。

ローリングストーンズかビートールズかと問われても!?
古道調査メンバーでもアレコレと出て道は闇の中へと。
みんなでワイワイと論議するのも楽しきですね。
サーフィンUSA
タケチャンマンさん、こんばんは。人の好みはさまざまということでしょうか.
>ローリングストーンズかビートールズかと問われても!?
小生、若いころはさほど興味もなかったビーチボーイズを今は懐メロとしては結構お気に入りで時々聞いています。ローリングストーンズもビートルズも聴きませんね。
バック・イン・ザ・U.S.S.R.
jack77bettyさん、こんばんは。

ブライアン・ウィルソンのスマイルはお気に入りです。

ローリングストーンズはレット・イット・ブリードが定番で聴いてます。
ストーンズは来月、ブルーズ・アルバムが出ます!
先祖返りですね。

おじいちゃん達はめちゃ元気です。
私達もおじいちゃんかな!?
では、ロッケンロールで・・・

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