2016/06/07

2016 06 春日山原始林(補足)

2016 06 春日奥山
夕日観音(弥勒仏)

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、「春日山原始林」に。
ひさしぶりに、のんびりと春日奥山あたりを巡ってきました。

本日のコース
洞の仏頭石 永正十七年(1520)-洞の地蔵 建長六年(1254)-春日山石窟仏-水船 正和四年(1325) -阿弥陀磨崖仏-首切地蔵-朝日観音(弥勒仏)文永二年 (1265)-滝坂地蔵-夕日観音(弥勒仏)-三体地蔵-寝仏 大日如来座像

2016 06 春日奥山

洞の仏頭石 永正十七年(1520)
ココからスタート

2016 06 春日奥山
Mさんが、阿弥陀磨崖仏の向かい側下に!

2016 06 春日奥山

自然ではないですよねと・・・
この像が彫ってありました、
なんとも~良い感じでありませんか。
リーマンショック前と似た状況下での制作でございましょう、たぶん。

2016 06 春日奥山

阿弥陀さんと御対面するがごときに。
拝んでる姿を彫ったんでしょうか、たぶん。
まったくの自己本位の意見でございますが。

何回も来てるんですが、まったく気づきませんでした。

2016 06 春日奥山

水船  正和四年(1325)   高山神社(こうせん)
「東金堂施入高山水船也 正和四年 乙卯 五月日置之 石工等三座」

生駒民俗会の講座・見学会
6月19日(日曜日)10時から、生駒ふるさとミュージアム
Wさんによる講座「石風呂の謎」。長弓寺や寶幢寺(ほうどうじ)、
上田原の住吉神社に残る石風呂と古代からの入浴の習俗について学びます。

ココの水船の話題とは微妙に大きくちがうかもしれませんが!?
興味ある方はお越し下さい。

2016 06 春日奥山

ひさしぶりの春日山原始林の歩きから、
山中の石造物達から、
時の中の人々のおもいをしかと感じさせてもらいました。

年号がある石造物は1200年代中頃からが多いですね。
生駒あたりでも同様で。

東大寺復興でやって来た、
「伊行末がやって来たヤァ!ヤァ!ヤァ!」の大流行なんでしょうか。

只今Mさんから借りた「仁義なき戦い」シリーズを見てるのですが。
伊組も形を変えて関東制圧へと忍性共々旅立ったのか~たぶん。


奈良盆地 | Comments(6)
Comment
昭和は遠く
タケチャンマンさん、こんにちは。
>只今Mさんから借りた「仁義なき戦い」シリーズを見てるのですが
週刊誌連載の活字媒体のほうが先行して有名でしたね。映画は見た記憶はありませんが、私のさびしい(笑)本棚にも、今でもその文庫本が収まっています。
呉の街にも何度か行きました。かっては広島と張り合うほどの大都市、路面電車も走っていた・・・
呉海軍工廠
呉といえば。

呉海軍工廠で建造された主な艦艇

通報艦:宮古(呉で初めて建造された軍艦)
戦艦:安芸、摂津、扶桑、長門、大和
巡洋戦艦:筑波、生駒、伊吹
重巡洋艦:那智、愛宕、最上、伊吹(未成)
防護巡洋艦:対馬
軽巡洋艦:大淀
航空母艦:赤城、蒼龍、雲鷹(改装)、冲鷹(改装)、神鷹(改装)、葛城、阿蘇(未成)
水上機母艦:千歳、千代田、日進
敷設艦:勝力、八重山
潜水艦:伊400

ウィキペディア日本語版より

大昔に大和と伊勢と信濃のプラモデル作りました。
巡洋戦艦 生駒なんてあったんですね、
知りませんでした。
艦長は金子信雄さんでしょうか!?
「仁義なき戦い」シリーズは金子信雄(山守組組長)さんの為の映画ですね、たぶん。
奈良風呂巡りツアー
タケチャンマンさん、こんばんは。RESありがとうございました。
>石風呂と古代からの入浴の習俗について学びます。
偶然ですが、タケチャンマンさんが、大仏鉄道跡へ行かれた同じ日に奈良市ボランティアガイドさんの案内で奈良公園を歩いてきました。興福寺湯屋→三月堂湯殿→東大寺大湯屋と「風呂巡りツアー」と名づけてもよぐらいの内容でしたが、ツアーの実際のタイトルは「奈良公園の花木を巡る」でした。(笑)
銭湯で富士山を眺める
jack77bettyさん、おはようございます。

この時期の「奈良風呂巡りツアー」良いですね、
風呂上がりに鰹のタタキをつまんで、中生をぐっと!

水船 高山神社の奥にはむかし、
むかしの時代に香山堂があったそうですね。
そんなツアーはないでしょうか?
二つの宝幢寺
タケチャンマンさん、こんにちは。
小平尾の宝幢寺、何度もお邪魔していますが、暗峠を挟んで大阪側登り口(豊浦)の子安地蔵尊も、もとは小平尾と同名の宝幢寺と言うお寺の一部だったそうです。
小平尾の宝幢寺の歴史はたしかなところでは鎌倉時代にさかのぼるようですが、豊浦のほうは江戸時代生駒山宝山寺の湛海律師が再興したものと伝えられているようです。
両寺の関係はネットではわかりませんが、同名は偶然ということでしょうか。普通はこのような至近距離での名づけは同名を避けると思いますが、後付けの湛海律師はそのことを考慮しなかったのでしょうか。湛海律師はよそからこられたので、そこまで知識がなかったとしても、周囲の人が注意しなかったのでしょうか。
なるほど
jack77bettyさん、おはようございます。
豊浦の子安地蔵尊は1月の「歩く石仏の辻」で寄りました。

>普通はこのような至近距離での名づけは同名を避けると思いますが、

山の向こう側とこちら側という解釈ではないでしょうか。

ハリウッド映画を見てると、警察が国境(州)を超えた極悪非道人を見送るシーンなんか出てきて。
日本でも奈良県警が阪奈道路で見送るシーンなんて、あるのかな~と思ったりしてます。

まあ、話がそれましたが、好待遇の派遣社員の湛海さんは調べた上でのことかと推測いたします。
なぜならば、消費税アップが伸びたといえ、今年で契約を打ち切られるのは辛いですから。
当時の菜畑村に谷田村の財政も豊富にあったわけではないのでは、たぶん。

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