2010/03/27

旧道ながさか道から当尾へと その4

旧道ながさか道から当尾へと  その4

はあ~るば~る来たぜ~「函館」ではなっくって、
「旧道ながさか道から当尾へと」に。

「旧道ながさか道」この甘美なる言葉の響きに魅せられて、
どれくらいたったのでしょうか。

どれくらいも、これくらいも、本日知ったんですけどね、
JR加茂駅にある観光案内地図で、ほんま。



御無沙汰でした。
皆々様方、御元気だったでしょうか!

足かけ四日の雨も止んだ様でございます。
これからは、桜満開の知らせがアチコチから舞い降りてくるわけですね。

本日は、 シリーズ旧道ながさか道から当尾へとの番外編と申せばいいのでしょうか。
大蔵墓地の紹介オンリーでございます。
地図を見ると、大蔵墓地からそのままズズイと進んで北上すれば、
灯明寺山ハイキングコースへ接続するようです。

車道からソレなりの距離を経て辿り着く墓地。




本日のコース
JR大和路線/・加茂駅ー草畑ー旧道ながさか道ー北下手ー森八幡宮ーずんど坊笠塔婆・鎌倉後期
ー青地蔵・室町時代ー赤地蔵 永禄八年(1565)ー勝風墓地・迎え地蔵 元亀二年(1571)
ー大畑大福寺・地蔵石仏 室町中期 永享十三年(1441)ーバス停・大畑口ー岩船寺
ーわ らい仏・阿弥陀三尊磨崖仏・末行の銘ー藪の中三仏磨崖ー大門石仏(年齢不詳)
ー西小ー上梅谷ーバス停・青山住宅



旧道ながさか道から当尾へと

京都府  木津川市  加茂町  北下手                             瀬谷不動     室町時代頃か


大蔵墓地ではございませんが、東500mばかしに、ぽつんと佇むは瀬谷不動。
彩色跡も残って、メタボな不動さん。返り不動とも呼ばれてるそうです。

御対面に極めて困難な事態を予想しましたが、
あっさりと逢うことができました。



旧道ながさか道から当尾へと

京都府  木津川市  加茂町  北下手     大蔵墓地

種子十三仏板碑 永禄六年(1563)

お饅頭が13個並ぶ十三仏板碑



旧道ながさか道から当尾へと

阿弥陀

ちょっと、風化気味ではございますが。



旧道ながさか道から当尾へと

地蔵

寝ころんでいました、



旧道ながさか道から当尾へと

五輪塔   鎌倉後期

この五輪塔が立った頃、
ここにある石造物がほとんど、まだ存在して無かったと言う事ですね。

そしてこの五輪塔も、ここが現住所なのかは、はなはだ疑問でございます。



旧道ながさか道から当尾へと

阿弥陀板碑   慶長十五年(1610)

時は慶長、場所は北下手、最新デザインなり~たぶん。



当尾・笠置・南山城 | Comments(2)
Comment
おこんばんは
タケチャンマンさん夜も更けました。私も老けました。
さてさて 久しぶりの更新 有り難く読ませて頂きました。
彩色してあるお不動様 えらく迫力ありますね!燃える男だせ!みたいな…
十三仏がお饅頭に??
これなら喧嘩しないで食べて頂けますね。
寝ちゃってる仏様 リラックスされてますね。
こういった石仏さまたちはタケチャンマンさんご一行様で よいこらしょと起こしたりするのですか?
最後の石仏さま 空中浮遊みたいですね。
寒いの~
かま猫さん夜も更けました、私の毛も抜けました(泣き)

お不動様貫禄あるでしょ、
亀田のとっつあんコト亀田四郎氏ぐらいの迫力あります、たぶん。

寝てる仏さんを起こすと怒られます、何故ならば、ナゼならば、
仏さんは寝起きが悪いからです、たぶん、(未確認)
追伸:私も寝起きが無茶苦茶悪いのでございます。

空中浮遊はしてますが、けっしてオワム教で修行した訳ではございませんので、
誤解無き様御願い申し上げます、時効どすえ~

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